哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂

推理小説やSFのレビュー・書評・ネタバレ解説・考察などをやっています。時々創作小説の広報や近況報告もします。

【心理探偵・夷戸シリーズ】倉野憲比古『スノウブラインド』『墓地裏の家』『弔い月の下にて』レビュー

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どうも、らきむぼんです。

今回は、倉野憲比古さんの『スノウブラインド』『墓地裏の家』そして、2021年発売の新作『弔い月の下にて』を紹介します。
この3作は心理探偵・夷戸シリーズとなっています。

この記事はネタバレなしとなっています。

ネタバレを含む感想・解説は、この記事にあるリンクから、それぞれ読むことができます。ネタバレの方が力を入れて書いていますので、既読の方はぜひご覧ください。

x0raki.hatenablog.com

x0raki.hatenablog.com

x0raki.hatenablog.com

 

倉野憲比古さんがどんな作家さんかについては別の記事を用意しましたので、そちらをご参照ください。

x0raki.hatenablog.com

You Tubeにて動画での紹介と解説も行っています。

声での説明で大丈夫な方は長いですがブログよりも詳しく説明しています。


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目次

 

変格とは?

倉野憲比古さんの作風については、別の記事でも語っているが、一言で言えば、変格ミステリ小説と怪奇幻想ミステリの書き手である。

それを踏まえて、手に取らないことには評価も難しいというもの。

実際に、新本格のような煽り文句で発売した『スノウブラインド』は読者の多くから「思っていたものと違う」という反応を受けた部分があり、読みたい層に届かなかった不遇な作品でもある。

では著者の得意とする「変格」とは何か?

これには歴史があり、一言では言えない奥深さがあるのだが、言ってみればタクソノミー的に説明されるのが一番しっくりくるだろう。

ただし、断っておきたいのは「アンチミステリ」と同様、あまり定義づけするとうまくいかなくなる暴走しがちな部類の言葉であるということだ。

戦前の「変格」について、竹本健治氏が語っている(スレッドあり)。

かつてはミステリの他にも怪奇幻想やエログロなんかもまとめて「探偵小説」とされていた。これに不都合を感じた甲賀三郎が論理やトリック中心のものを「本格」とし、それ以外を「変格」としたらしい。

竹本さんの指摘で面白いのは、江戸川乱歩の作品を、「変格」を提唱した人たちも「変格」であると判定しただろう、という点だ。

乱歩の作品=非「本格」=変格が日本のミステリの下地となったことは本邦のミステリの系譜において興味深いところだろう。

さて、倉野憲比古さんは、そんな変格を堂々と書ききる作家だ。

それは乱歩の古き良き幻想怪奇の世界を現代に蘇らせた「新変格」かもしれない。

『スノウブラインド』はそんな変格探偵小説の一つとして、名を刻んだ。

 

『スノウブラインド』 

現代の奇書か、アンチミステリーか、唾棄すべきダメミスか?
〈新変格探偵小説〉の旗を高々と掲げた瞠目のデビュー作

R大学史学科のホーエンハイム教授は自らの退官記念にゼミ生たちを軽井沢近郊の狗神窪にある邸宅に招待した。
だが、豪雪に降り込められた邸宅の中で、使用人のフリッツが惨殺されたのを皮切りに次々と殺人が。
心理学を専攻する学生・夷戸武比古(いどたけひこ)は謎を解明するため、必死の探索を始めるが……。

典型的な「吹雪の山荘」シチュエーションで進む物語が、やがて奇怪な歪みを孕み始め二転三転、ついに驚愕のフィナーレへ。
本格ミステリとホラーの2つの要素を巧みに操り、謎と恐怖のタペストリーを描いたデビュー作。

不気味な伝承の残る土地に血塗られた歴史のある館。ドイツ現代史の権威ホーエンハイム教授の邸宅、蝙蝠館に招待されたゼミ生達は、吹雪で外に出られない状況で、殺人事件に巻き込まれる。

このあらすじを読んだだけで僕は自分の好みであることを確信したのだが、変格と言いながら、これって本格とか新本格の骨格じゃない?

と思うかもしれない。

確かに、クローズドサークルと館、そして殺人事件。

まさに本格なのだが、倉野ミステリの面白いところは、それが素直に本格の展開に落ち着くとは限らないというところ。

さて、三大奇書に通じる衒学趣味と酩酊感は、その筋の愛好家には大好物だろう。作中でも夢野久作の『ドグラ・マグラ』や小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』に触れており、明確に三大奇書を意識している。特に初期乱歩や夢野久作へのオマージュ感は重厚な演出として舞台を作り上げている。

フロイト精神分析が物語の非常に大きなポイントとして扱われている点も好きな点だった。しかもそれがナチス魔女裁判にまで関連するとは面白い。魔女についての知識や今や古文書と言っていい『魔女に与える鉄槌』なんかにも言及する主人公がなかなかいい。古典心理学も魔女も興味があって初歩的な知識は持っていたので非常に楽しめた。

衒学的な部分を楽しむ、難しい小説ではあるが、三大奇書のような読みにくさはなく、倉野さんの巧みな文章は、テンポよくペダンチックな物語を進行してくれる。

『スノウブラインド』は他のシリーズ作品よりも雰囲気がピリついていて、緊張感があるのだが、異常心理なども相まって、雰囲気は抜群だ。

ホラー映画を時々紹介してくる登場人物・根津も魅力的だ。不気味に展開する物語はホラー映画の持つ雰囲気とマッチしていて、倉野さんの趣味が生きている部分だろう。

物語の前半は吹雪の館と奇妙な住人、そして起こる殺人事件、とオーソドックスな古典ミステリの体裁を取る。しかし次第に歪み始める世界観は読者を「浮遊」させる。読者の違和感はなかなか正体を掴ませない。結末は一見地味ではあるものの、物語全体に施された技巧と構成美は、切り捨て難い引っかかりとなって読後も心を騒つかせる。

美しい構造と詩的な物語の閉じ方も、ぜひ手に取って味わってほしい。

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『墓地裏の家』

新変格の無人の荒野を突き進む、シリーズ第二作!
吸血鬼が棲む館で血塗られた惨劇が。怪奇幻想ミステリー

東京・雑司が谷の墓地裏に教会を構える神霊壽血教は吸血鬼・ストリゴイを崇拝する異端の新興宗教
「教主の様子がおかしい」との妻からの相談を受け、心理学を学ぶ大学院生・夷戸武比古(いどたけひこ)は教会を訪れる。
あらゆる用事を放り出して、ひたすら近所にできた観覧車に見入る教主・印南尊血に戸惑う夷戸。
やがて教主の娘が密室で死に(自死か殺人か?)、惨劇の幕が開く。
果たしてそれは教会に棲む吸血鬼の仕業なのか?

本格ミステリと怪奇幻想ホラーがせめぎ合う、賛否両論の異色作。

雑司ヶ谷霊園の裏に教会を構える神霊壽血教。教主の妻からの相談を受け心理学を学ぶ夷戸武比古は教会を訪れる。観覧車に憑かれた教主に、密室で変死するその娘。吸血神ストリゴイを崇拝する小さな宗教団体を巡る謎に精神分析学で挑む。

と、これまた本格を匂わしているが、その実は変格ミステリ

前作に続き、推理合戦と衒学趣味が炸裂して楽しい。

賛否両論とあるが、『スノウブラインド』と比較すれば、実際はこちらのほうが安定して好まれている印象がある。たとえば、奇書やアンチミステリ、変格、衒学趣味、といった言葉から連想されるようなものを好む僕のような読者ならば、圧倒的に『スノウブラインド』の評価は高い。

しかし、『墓地裏の家』はそういった特殊な趣味の人でなくても、より読みやすく、よりライトに、より入りやすく作られていると思う。

「探偵」役の三人のキャラの掛け合いがとても良く、前作でどこか暗い雰囲気が漂っていた夷戸の人間らしい部分もより色濃くなっている。

彼らが三様の解釈をしていくのも本作の見所だ。

舞台となる印南家にまつわる歴史や呪い染みた雰囲気は、乱歩のアングラ感を感じるが、それが都会からほど近い下町の墓地裏で異彩を放っているのも良い。

吸血神というガジェットもいかにも怪奇幻想と言ったところで、それらと古典的な探偵小説のガジェットは妙にマッチしている。

前作に引き続き、このシリーズならではの「了解」という推理方法は、新しい変格の一つの表現方法として着目したい点だ。

倉野さんの趣味と心理学の専門家としての表現が、「変格探偵小説」を現代を舞台に切り開いていくのを感じる一作だろう。

ラストに待ち受ける展開は、3人のキャラクターのちょっとした青春のような関係性が導く詩的な結末だ。

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『弔い月の下にて』

目羅博士でも真相は見抜けまい。
大乱歩が読んだら、どれだけ喜んだことだろう。
――春日武彦精神科医)推薦!

心理学を専攻する大学院生の夷戸と彼の先輩の根津、ふたりの行きつけの喫茶店のマスターの美菜は三人で壱岐に旅行にやってきた。
根津の提案でボートを借り、かつて隠れキリシタンの島民が大量死したという曰くある島「弔月島(ちょうげつとう)」の見物に出かける三人。島にはキリシタンの末裔である富豪が築いた奇妙な館・淆亂館(ばべるかん)が残っていた。
上陸した三人は、「館の使用人」を名乗る獰猛な男たちに拉致され、館に軟禁される。そこにいたのは、有名な劇団のメンバーたちとゴシップ記者。淆亂館の主は、彼ら全員と因縁のある、十年前に失踪した「伝説の俳優」なのだと言うが……
謎の黒衣の男が跋扈し、次々と起こる謎めいた殺人。作者渾身のシリーズ第三作は、異常なロジックと奇矯なトリックが炸裂する傑作変格ミステリ

◆<著者のことば>
 前作『墓地裏の家』の刊行から十年が経ってしまった。しかし『弔い月の下にて』には、謎の使用人、異常心理学、宗教、怪奇趣味etc.と、私の趣味嗜好のすべてを注力したと言っても過言ではない。本作は変格探偵小説なのか? はたまた異形の本格なのか? 読者諸賢の御判断に委ねたいと思う。

この作品は僕や、僕の所属するミス研「シャカミス」にとっては待望の一作となった。

そうなった経緯は別の記事で語っているが、著者である倉野憲比古さんにとっても熱いドラマがあったに違いない。

さて、本作はあらすじの通り、またも本格のガジェットが大いに揃った作品だ。

しかし著者は「本作は変格探偵小説なのか? はたまた異形の本格なのか? 読者諸賢の御判断に委ねたいと思う。」と語る。

いままでの変格探偵小説とは違う趣向が見られるのだろうか?

そういった視点で読んでいくのが楽しい作品だ。

10年ぶりの再デビュー作ともいえるこの作品は、登場人物こそ前作にお馴染みの三人だが、シリーズの要素を知らずとも単体で読むことができる。

一方で、複雑なバックグラウンドはおそらく意図的に削がれており、むしろこの三人が何者なのかがわからない可能性はある。

もしこの作品から倉野作品に入った読者は、シリーズ前二作を読んで『スノウブラインド』の衝撃と『墓地裏の家』での三人の物語を追いかけてみてほしい。

物語としては冒頭から惹き込まれる内容で、ここはさすが地の文と掛け合いが抜群にうまい倉野さんだなと思ってしまう。

作者の趣味も盛り込まれていて面白い。

全体のページ数としては、事件が起きるまでが長いはずなのだが、その感覚がないのが見事だ。

今作では、前作の衒学趣味はやや抑えめで、かなり物語が重厚な、それこそ古き良き本格の雰囲気すらある作品となっている。

登場人物たちの抱える愛憎や、病理、そして思惑がうまく描かれていて、謎が次第に歪な形の「解釈」へと了解されていく様は倉野ミステリの真骨頂であり、面白い。

本音を言えば『スノウブラインド』派はもっと癖のあるド変格なミステリを読んでみたい!という思いもあり、『墓地裏の家』派の人の方が今回は楽しめたんじゃないかな、と思う。とはいえ、読書会でミス研の意見を聞くと「スノブラが一作目にしては破壊力がありすぎたのでは」という声も(笑)

裏を返せば変化球の癖が強すぎてヒットする層が狭まるような要素がなく、真っ当に、小説として、物語そのものが面白い、そんな作品だ。

倉野さんの小説や、変格ミステリの入門としてこれ以上に相応しい作品も少ないのではないだろうか。

そして今回は謎の解決からラストシーンまでも、一つの見所となっている。

シリーズにお馴染みの「了解操作」による事件の解釈、そしてその奥に存在するもの…………

変格探偵小説か異形の本格か。

まさにそんなテーマを常に突きつけられながら楽しんだ作品だった。

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