哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂

推理小説やSFのレビュー・書評・ネタバレ解説・考察などをやっています。時々創作小説の広報や近況報告もします。

麻耶雄嵩という作家とその作風について

さてついに近いうち麻耶雄嵩の小説を紹介することに。
この人のミステリをレビューするのは実は非常に難しくて、でも凄まじい破壊力のある作品を出す作家でもある。まず破壊力なんて言葉を使う事自体がおかしいんだけど、破壊じゃなければ崩壊とかになっちゃうからなぁ(笑)

 


ほんとは手っ取り早く作品の紹介に入りたいんだけど、まずこの麻耶雄嵩という作家について幾つか補足を。ちなみに僕が最も好きな作家の一人は現状この人なんだけど普通に紹介したら色々問題ありそうなのでそういう意味でも。


まずどんな作家なのか。Wikipedia麻耶雄嵩の項目は若干根拠の判らない部分を含んでいるけれど、作者と作風の紹介ではなんとなく雰囲気を感じ取りやすいと思うのでちょっと改変して引用。

麻耶 雄嵩【まや ゆたか、1969年5月29日 - 】推理作家。三重県上野市(現・伊賀市)出身。「摩耶雄嵩」「麻耶雄高」などは誤り。
京都大学工学部卒業。在学中は推理小説研究会に所属、そこで知り合った綾辻行人法月綸太郎島田荘司の推薦を受け、1991年『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』でデビュー。
いわゆる「問題作」を一貫して書き続けており、独特の世界観と手法的アプローチに強いこだわりを持った癖のある作風で、マニアックかつカルト的な支持を得ている。
同業者やミステリ界隈からの評価に関わらず長い間無冠であったが、2011年に『隻眼の少女』で第64回日本推理作家協会賞・第11回本格ミステリ大賞をダブル受賞。2015年、『さよなら神様』で第15回本格ミステリ大賞受賞。


まず読み取って欲しいのは伝統的な推理小説研究会の出身ということだろう。綾辻行人法月綸太郎に続く京大ミステリ研出身のミステリ作家で、「新本格第二世代」などと言われる作家の一人だ。
作風の根幹は、非常に伝統的な本格推理になる。間違いなく新本格の流れを汲む系譜に名を連ねている推理作家だろう。ただ彼の他と一線を画すところは、作品の殆どが実験的かつ過激な展開や問題提起、中井英夫の『虚無への供物』から続くアンチミステリと言われるようなジャンルの前線で活躍する作家というところだろう。

 

デビュー作『翼ある闇』はその源泉とも言える作品で。すさまじい結末が待っている。本人もおそらくそれを意識しているだろうと思われるのは、『翼ある闇』がアンチミステリ*1と呼ばれる三大奇書*2の一つ『黒死館殺人事件』を下敷きにしていることからも判る。

 

そしてほぼすべての作品で強烈なカタストロフが用意されており、作品世界を破壊・崩壊させていく内容であるため、かなり読者を選ぶ作家だとはいえる。しかし、その分大嫌いな読者がいる一方根強いファンがいるのも確か。僕もその一人で、最近になって初めて読んだのでまだ未読は多いが、既に9作一気に読んだレベルでハマってる(笑)

但し問題なのは、彼の作品を読むにあたって「一冊目」をどれにするかが極めて重要だという点だと思う。それから、どの程度ミステリに、しかも本格ミステリに馴染みがあるかにも非常に重要さを伴う。

 

アンチミステリというジャンルはミステリでありながら自己のミステリ性を破壊したり批判したり拒否したりする物を指すことが多い。そしてそれは具体的にはいくつかの展開を以ってなされるが、麻耶作品に多いのが「本格推理のおなじみの構造について強烈な一石を投じて枠組みを混沌に叩き落とす」というものだ。それが時にカタストロフとして生じる。
これがある人には「腹が立つくらいつまんない」ある人には「死ぬほど面白い」という風になりやすい所以だ。

本格が好きな人ほど二分する。本格が好きだからこそそのルールを明らかに逸脱した麻耶に拒否反応を示す。本格が好きだからこそそのルールと世界観がガラガラと音を立てて崩壊する様に魅力を感じる。
これは本当に読んでみないとどっち側に立つかわからないものだ。


一つ言えるのは、そういう本格の「あるある」のような共通認識を全く知らないミステリに疎い人が麻耶作品を読むとかなりピントがずれた感想が溢れてきてそれがまたレビューサイトやAmazonレビューなどで異様さを醸し出していて只事じゃない(笑)

 

例えば「犯人はすぐに解った」という感想はあまり意味が無い。なぜなら本格推理のおなじみは「犯人が最後までわからないように各々工夫されている」ということなのだからそれを崩壊させている作家にとってあまりこの辺は重要視されていない。麻耶作品からしたら犯人が予想されやすくても一向にかまわないのかもしれない。


例えば「こんなトリックはあり得ない」という感想はまともな意見ではあるが果たして本筋にそっているかというそうでもない。トリックが現実的であるかどうかという指標は麻耶作品では主軸に置かれない。そもそも彼の作品では普通に中世風の古城が山の中に登場するくらいぶっ飛んでるのであり得ないと言い始めたら何もかもあり得ない。


これらは既に評価する段階で了解されている。了解したうえでそれを批判するのはおおいに有意義だが、こういった趣向がわざと成されていてそれをもってしてミステリの枠組みに問題提起しているのだという理解が先にないと批判も賛辞もうまくいかない。

もちろん僕がここで書いていることなんて本人に聞いたわけでもなんでもないので、全部なんとなくの話だが、それでもなんとなくでも麻耶作品の特色が解ったなら僕としてはそれで十分。

もし僕の麻耶雄嵩作品のレビューを読むことがあったら是非この文を思い出して欲しい。

隻眼の少女 (文春文庫)

隻眼の少女 (文春文庫)

 
翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件 (講談社文庫)

翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件 (講談社文庫)

 
神様ゲーム (講談社ノベルス)

神様ゲーム (講談社ノベルス)

 
夏と冬の奏鳴曲(ソナタ) (講談社文庫)

夏と冬の奏鳴曲(ソナタ) (講談社文庫)

 
メルカトルかく語りき (講談社文庫)

メルカトルかく語りき (講談社文庫)

 
新装版 虚無への供物(上) (講談社文庫)

新装版 虚無への供物(上) (講談社文庫)

 
新装版 虚無への供物(下) (講談社文庫)

新装版 虚無への供物(下) (講談社文庫)

 
黒死館殺人事件 (河出文庫)

黒死館殺人事件 (河出文庫)

 
ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)

ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)

 
ドグラ・マグラ (下) (角川文庫)

ドグラ・マグラ (下) (角川文庫)

 
匣の中の失楽 (講談社ノベルス)

匣の中の失楽 (講談社ノベルス)

 

*1:僕の解釈では、ミステリでありながらミステリであることを拒否する、ミステリという構造自体を取り上げる、時にそれを批判的・皮肉的に物語に織り込むもの

*2:夢野久作『ドクラ・マグラ』、小栗虫太郎黒死館殺人事件』、中井英夫『虚無への供物』の3つを指す。竹本健治匣の中の失楽』を含め四大奇書とも呼ばれる

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