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推理小説やSFのレビュー・書評・ネタバレ解説・考察などをやっています。時々創作小説の広報や近況報告もします。

【学生アリスシリーズ】有栖川有栖『女王国の城』 レビュー/後半でネタバレ

 

女王国の城 上 (創元推理文庫)

女王国の城 上 (創元推理文庫)

 
女王国の城 下 (創元推理文庫)

女王国の城 下 (創元推理文庫)

 

 

目次

 

女王国の城


ちょっと遠出するかもしれん。そう言ってキャンパスに姿を見せなくなった、われら英都大学推理小説研究会の部長、江神さん。向かった先は“女王”が統べる聖地らしい。場所が場所だけに心配が募る。週刊誌の記事で下調べをし、借りた車で駆けつける―奇しくも半年前と同じ図式で、僕たちは神倉に“入国”を果たした。部長はここにいるのだろうか、いるとしたらどんな理由で―。


レビュー

さて、有栖川有栖の人気シリーズ「学生アリスシリーズ」4作目『女王国の城』。今回はいつも探偵役として活躍する江神二郎が大学に顔を見せなくなるところから始める。前回の『双頭の悪魔』は同じようにマリアが失踪したところから始まるのだが、違うのは今回江神さんは行き先について誰にも告げていない。ただしそこはEMCの面々、江神さんの下宿の様子から宗教団体「人類協会」の聖地である神倉に江神さんが居るらしいことを突き止め免許取り立てのアリスの危ない運転で事故りかけながら神倉に向かった。 

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

 

 今作は『双頭の悪魔』から15年ぶりのシリーズ長編作になる。とはいえ発売は今から数年前になる。『女王国の城』というと一緒に思いつく作品が『首無の如き祟るもの』だろう。作者は三津田信三で一見関係がないのだが実は第8回本格ミステリ大賞の大賞が有栖川有栖の『女王国の城』で、三津田信三の『首無の如き祟るもの』が大賞を逃した一作になる。個人的には『首無の如き祟るもの』の方が傑作だとは思うが、それは単体で見た時だろう。 

首無の如き祟るもの (講談社文庫)

首無の如き祟るもの (講談社文庫)

 

 シリーズ作品としてみた時、『女王国の城』は非常に面白さを感じさせる。クオリティの上では、それこそ『首無の如き祟るもの』と同等レベルで大傑作だった前作『双頭の悪魔』に劣るかもしれないが、シリーズに連なる一作としては前後編の長さを感じさせない面白さであり、本格ミステリ大賞の受賞も頷ける。

15年の年月が経った現実世界とは違い、作中では登場人物はみな大学生、まだ前の事件から数ヶ月しか経っていない。描写の端々にはバブル期を思わせる表現が絶妙に時代を感じさせていて、平成生まれの僕としては不思議な気分だった。

今回は前作のように、読者への挑戦が3つも織り込まれているなんてことはなく、下巻に一度だけ登場する。その読者への挑戦の文章が非常に綺麗で、作者の本格推理に対する愛情が非常によくわかる。だからこそこのシリーズは完結に向けて順調に進んで欲しいとファンとしては思うばかりで、その流れの中で今作は非常に楽しめる作品だったと思う。ちなみにこのシリーズは5作の長編と2作ほどの短編集で完結する予定であると有栖川有栖は述べている。


舞台となる人類協会の「城」と「街」はまるで異世界のような空間になっている。『月光ゲーム』『孤島パズル』『双頭の悪魔』は自然災害によってクローズド・サークルが発生し、警察の介入を待たずして登場人物たちは自力で事件を解決する必要性に駆られるのであるが、今作は少々毛色が違う。今作では宗教団体の中で人為的な「絶海の孤島」「雪山の山荘」状態が創出される。その辺りの状況から生まれてくる脱出劇や心理戦のような要素ややりとりも非常に面白い。
作中でアリスが語る城とカフカに対する独白や、街に対するEMCでの会話なども見所だろう。

そして事件は大きく三要素に分かれる。一つは江神部長の失踪、そして「城」で起こる殺人事件。そして11年前に神倉で起きた密室事件。その全てが複雑に絡まり、非常に難解なミステリ作品になっている。事件の難解さは前作『双頭の悪魔』より遥かに簡単であるが、その推理の導き方、筋道が少しでもズレると真相がぼやけてしまい、思いの外読者への挑戦に対する完全な勝利は難しいものとなっている。

そしてなんとも言えない読後感の良さを演出する「オチ」とも言えるラストが非常に心地よい。
最後まで謎だった根本的な「なぜ?」もすっきりと解決して納得がいくように作られている点は、僕の信奉する麻耶雄嵩作品とは違い非常に優しく出来ている(笑)


さて、この下ではネタバレも含めレビューを書いていこうと思う

 

 

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月光ゲーム―Yの悲劇’88 (創元推理文庫)

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孤島パズル (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

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双頭の悪魔 (創元推理文庫)

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

 

  

ネタバレ


第一の事件である見守り番殺しは、「ペリハ」と記録されている点が目を引き、一瞬ビデオテープが持ち去られたことに対してそのことを結びつけようと思ってしまうかもしれないが、この辺りは冷静に考えればミスディレクションは避けることができる。
基本的に聖洞しか映っていないビデオテープなのだからそれは「ペリパリ」が映ったり「ペリハ」が映ったりしたのではなく、殺人者が映ったのだということは明らかだ。但しこの段階では聖堂を映すビデオに犯人が映る必然性は見当たらないので、ここは保留すべき謎であるだろう。しかし何か意味があると考えるのは妥当で、破壊するのではなく持ち去られている点も留意すべきだろう。


第二の事件と第三の事件はそれぞれ子母沢と弘岡が殺されているが、しばらくはこの殺人の順番や手口がわからない。11年前の密室殺人の際に消えていた拳銃が凶器になっている点は、むしろ拳銃が用いられたことよりも、第一の土肥殺しに何故拳銃が使われなかったのかについて思考を持って行くことが鍵かもしれない。
そこに思い至れば、「聖堂の中に拳銃が11年前から存在し、それは聖堂の先が抜け穴になっていることを指し、そして同時に犯人が土肥を殺しビデオを処分することで聖堂の中から凶器の拳銃を持ちだしたのだ」という推理が比較的容易に候補に上げられるようになる。

ただこれはある意味結果論的なものであって、厳密には拳銃の発砲に対しては二発の花火が発砲音をかき消すということが必須の条件になるので、あくまでも思いつきやすいということにすぎない。単純に音が出るとまずいので絞殺したとも考え得るし、普通はその発想の方が先に思い当たるだろう。

死後硬直によって弘岡の死亡時刻を遅らせるトリックについては僕は流石に思いつかなかったが、これは作中で早いうちに明かされるトリックでもある。問題はこれを行う動機が一見見当たらない点であるが、これが犯人が弘岡を殺害することで会祖の予言が奇しくも成就したことを隠蔽するためであった。これは非常に面白い動機であるし、この小さな動機が事件全体の動機と相似するのも面白い。犯人の動機は会祖の予言で無茶苦茶になった家族と自分の人生の復讐を果たすこと。これは予言が外れることと事件が公になることを指すわけであるが、代表を狙わなかったのは果たして理由があったのだろうか。実際は狙えなかったのだろうから疑問でも矛盾でもないのだろうけれど、逆に先走って代表を殺そうとしなかった点が犯人のキャラクターを色づけている。

以上の点などを、江神部長はアリスや望月、織田、そしてマリアと共に調べていき、ついに金石千鶴の聖堂からの侵入や、江神部長自身の聖堂強行突破から、決定的なアリバイ崩しに至り、彼にしては珍しく関係者全員の前で推理を披露する。予言に全てを壊された犯人を、同じく母の呪いのような予言で家族が離散した江神部長が突き止めるというのが非常に構成美を感じる。
江神さんの母は占いのようなことができ、その占いによる予言通りに兄は死に、また江神さん自身も30歳を前にして学生のまま死ぬという予言に立ち向かっているところである。そんな境遇の探偵が同じような境遇の犯人を討つというのは、なかなか面白い展開だった。

江神部長による論理の展開の仕方はかつてないほどに秀逸で、3つの条件を突きつけて段々と関係者を弾いていき、最後に一人の犯人に絞るところは見所の一つだ。

特に第三の条件「犯人は凶器の拳銃を入手できた人物」は11年前に神倉に居た子供を指し示し、それが決定打になるのが面白い。わかりやすいトリックではあるが、目玉となる謎の解明だろう。またその影で地味になってはいるが、江神さんが決定的に犯人を絞ったのは、実は金石千鶴の侵入からの、自身の聖堂突破にある。一見すると聖堂が抜け穴であることを読者に示したシーンのように思われるこの流れであるが、実は聖堂内の拳銃の位置を明らかにする秀逸な描写であったのが素晴らしいところ。これがないと華やかな第三の条件も成立しなくなってしまう。

そして最後にオチ。
「なんでこいつら警察に通報しないんだよ!」と読者の誰もが人類協会の人間に対してつい怒りを持ってしまうような、このシリーズが好きだと感情移入してしまう今作だが、実は女王こと野坂代表が誘拐されていて、警察に通報できなかったという、教会は教会で非常に困難な事件に巻き込まれていたことが明らかになる。
もっと面白いのが冒頭でアリスの運転する車と事故を起こしかけた相手の車が誘拐犯の車だったという事実。こういった見事な伏線もあるのが面白い。
江神部長が神倉を訪れることとなった理由も、離散した肉親である実の父親が居るかもしれないと判ったからであった。

さて、このシリーズがどういう展開を持ってして次作の最終長編となるのかが気になるところ。江神さんは予言に打ち勝てるのか、アリスとマリアの関係も少し気になる。

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