哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂

推理小説やSFのレビュー・書評・ネタバレ解説・考察などをやっています。時々創作小説の広報や近況報告もします。

桔梗

愛する人を失ってどれほどの時が経っただろう。

私はあれからずっと彼女との再会を望んでいた。

そして幾つもの禁忌を試してきた。時には人の理解を超えた存在を利用したこともある。その過程で、本来人間が簡単には至ることができないこの世界の真理にも触れてきたつもりだ。この世界が本当に我々の知る科学の成す宇宙の歴史によって生成されたかは、今では疑問に感じる。

この世界にはどんな問にも真実で答えるものがいる。そして宇宙は一つではなく、世界は幾重にも重なり、その先には仮想なる神、そう、それはデミウルゴスとも言えるような……。

いや、それよりも、今はそんなことよりも、重要なことがある。

人を造るということに対してアプローチは幾つかある。

たとえば、それは生物学に、量子力学的に、時空遡行的に……

私が愛する者の再生に対して、人造というアプローチを検討している時、一人の少女が接触してきた。

 彼女は名をルルイエといい、それは古代の都市の名だという。

彼女は契約を持ちかけてきた。人を造るということに対して、知恵と媒体を与える代わりに、「器」の材料を提供してほしい、と。

これは備忘録だ。

何も知らない者に全てを説明せずともよいだろう。

だからその複雑な過ほどと、彼らのような「人外の存在」、そしてそれらの歴史についてはここでは語るまい。

重要なことはそう多くない。

彼らは古代の支配者であり、地球の最初の支配神だった。そしてそれとは別の系譜を持つ旧き神により古代都市とともに海底へ封じられた。彼らを封じた旧き神は、今は眠りに就いている。しかし封じられた悠久の時の中で、海底の者共は肉体を失った。

彼らは一人の少女を造った。

それは苦労の末の唯一の先導者だった。彼女は強力な力は持たないが、地上を自由に歩き回れ、地上の知識も持っていた。そして、彼女は遺伝子を複製し、有機物の持つ遺伝子を書き換える力を持っていた。私に声をかけたのはその少女だ。

彼女の望みは、彼女の同胞が求めている「肉体」を見つけること。

それは普通の人間ではだめらしい。どうやら我々人類は彼女たちにとってはよくない血を持っているようだ。しかし我々の知性たる「脳」は、彼女ら異形の存在にとって欲するところだった。

だから彼女は地上で探した。人ではないが器として相応しい知性と力を持つ生命の器を。

私の望みはシンプルだ。愛する人を再びこの世に造り出すこと。それには人外の力が必要だった。契約は成った。

私と彼女は人の血を引かない「人」を造る。

そのベースとなる遺伝子は私が提供した。彼女はあっという間に私の遺伝子を持つ「異形」を造り出した。もっとも、彼女は複製した遺伝子情報を長期間保有することは出来ないようで、その場で行動するしかなかったのだが。

興味深いのは、その存在はあっという間に私と近い年齢に成長したことだ。それは僅か数十分ほどの時間だった。

記憶に関しては、私は「私自身の存在」を複製することを拒否した。これに関しては、適当に操りやすい記憶を持っていそうな若者の脳の一部を拝借した。

肉体よりも知性や記憶の定着に時間が掛かっていた。それが元の脳の持ち主と同等にまで至るまでには、およそ十二時間が掛かった。それまでの間は動き回れるだけの肉体は持つが、人間のような高度な知性がなかった。

不思議なことに、その異形の青年は、記憶を司る脳と肉体とで別の男性を用いているにも拘らず、人格は問題なく形成された。面白いのは、彼には過去は存在しないが、記憶があるために脳は過去を捏造し、さも二〇年以上の人生を歩んできた普通の人間のように振る舞ったことだ。これは肉体と記憶と人格がそれぞれ別の概念であることを示しているだろう。つまり、怪物共は彼の身体を奪う際に彼の記憶を同時に保有することになるのかもしれない。彼が私の遺伝子を持つ脳と青年の記憶を元に新たな人格を形成したように。異形の存在たちは脳も欲しがっていた。無闇に青年の脳を破壊することはできない。しかし、一方で彼に知性を持たせなければ、異形共の眠る海の近くへと新鮮な遺伝情報を導くことは困難だろう。万が一事故にでも遭い、青年の脳が破損したら、彼女は直ちにその複製を造る外ないと思われる。彼女には、常に青年の傍らで監視させる必要がある。

私は、その異形の青年を、少女の同胞が眠る場所へと導く手助けをした。

私は知人の男がミステリのサークルを創ると聞き、そのオフ会を提案した。そして、そこに少女と異形の青年を紛れ込ませることに成功した。少女に関しては容易いことであったが、異形の青年はやや苦戦した。

ミステリ好きの記憶を使ったため、サークル入会への誘導は可能であったが、もし彼に「彼が肉体のコピーのための生贄にすぎない」ことを伝えたら、彼はそれを是としないだろう。記憶は別人だが、彼の脳は部分的に私なのだ。

私は私を信用できない。私ならば何か手段を講じ、この状況を利用するかもしれない。

 以上がこの件の顛末だ。

しかし、彼ら異形の者共もまた信用ならない。彼らは地上に蘇って何をしようとしているのか。それはおそらく「支配」ではないか。

私は、パンドラの箱を開けたのだろう。望みを叶えても、その前に世界は滅びるかもしれない。しかし私は、この世界を脱出する方法について考えがある。この世界が滅びても私には関係ない。

 

私はただもう一度愛する人に会えればそれで良いのだ。

 

 

二〇一七年五月二〇日 阿良木 

 

 

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