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哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂

推理小説やSFのレビュー・書評・ネタバレ解説・考察などをやっています。時々創作小説の広報や近況報告もします。

【苦手な人にもおすすめの青春ミステリ】 有栖川有栖 『闇の喇叭(空閑純シリーズ1作目)』 レビュー(警告文のあとにネタバレあり)

 

闇の喇叭

闇の喇叭

 

 

 有栖川有栖 『闇の喇叭』 

 

私的探偵行為を禁止する法律が成立した平世21年の日本―。女子高校生の空閑純は、名探偵だった両親に育てられたが、母親はある事件を調査中、行方不明になる。母の故郷に父と移住し母の帰りを待つ純だったが、そこで発見された他殺死体が父娘を事件に巻き込む。探偵の存在意識を問う新シリーズ開幕!

 

レビュー


あらすじ紹介文うまいなぁ。この文量でまとめようとするとまさに上の要約になるね。ただこの文で想像するレベルよりはずっと面白い。この小説はヤングアダルト向けと言われているけれど、結構誰にでも面白く感じる内容じゃないかな。

 

でもそうはいっても、僕もできれば高校時代に読みたかった小説だなとは感じた。それともあるていど大人になった今のほうがむしろ良かったのか、青春時代に読みたかったと思うこと自体が楽しめている証拠なのかもしれない。そういう意味では、やはり十代後半から三十歳前くらいの世代が一番シンパシーを感じる小説かもしれない。

だから今作は青春ミステリとするのがジャンル分けとしては妥当だと思う。

 

ミステリは大別すると2種類あって、一つは古典や新古典といったストーリーよりもトリックを重視したりするもの。有名どころでは綾辻行人の『十角館の殺人』とか筒井康隆の『ロートレック荘事件』はこのあたりに分類されるかな。もちろんエラリー・クイーンアガサ・クリスティーの一部作品もトリックの方が強いことがある。強いことのほうが多いかもしれない。未読が多いので断言はできないけれど。

十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫)

十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫)

 

 

ロートレック荘事件 (新潮文庫)

ロートレック荘事件 (新潮文庫)

 

 もう一つはストーリーや動機、社会、事件背景、時代、そういうのを存分に利用した登場人物の心理情景に共感や感動の要素を詰め込んでいくミステリ、あるいはこれは上記のトリック型を内面的に持っている場合はある。トリックも素晴らしくストーリーもなかなかに深いというのはまれに存在する。世間的にストーリー重視なもので有名なのは貫井徳郎の『慟哭』とか道尾秀介の『向日葵の咲かない夏』とかかな。もっと解りやすいところだと東野圭吾伊坂幸太郎のミステリはこのタイプだと思う。未読が多いからこれも断言できないし聞くところには『容疑者Xの献身』あたりはさっきちょっと触れた両面性を持っていたりするのかもしれない。でもやはりトリックは見破れる範疇かな。

慟哭 (創元推理文庫)

慟哭 (創元推理文庫)

 

 

向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)

向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)

 

 この『闇の喇叭』は後者で間違いない。ストーリー重視であり、トリックはそこそこ、といった感じ。ただそこそことは言ってもなかなか凝った事件が起きていたりもするのでトリックや犯人当ての要素も楽しめるレベルだとは思う。ただしそちらに気を取られてストーリーがぼやけてしまうならば、いっそ謎解きは捨ててストーリー小説として読んだほうが感動できるんじゃないかな。

 

この小説には重要な要素が三つある。推理小説、探偵という存在への問題提起、青春、という三要素だ。
これらがバラバラにならずに綺麗に融合しているからこの小説は作品として高いレベルで完成していると思う。読んでいて僕が思い出したのは城平京の『名探偵に薔薇を』である。これは名探偵であるが故の苦悩を描きつつ、それと平行する形で推理小説的なトリックや謎解きが描かれる。二つの要素は融合はしているが本質的なところで分離されている。多分意図された分離で、分離しているからこそ両面が強調されていて傑作になり得た。
『名探偵に薔薇を』が隣り合わせる平行線的にテーマと推理性を融合させたとすれば、『闇の喇叭』は推理小説であり、そこに不可欠な探偵役がおり、それでいてそれが否定されるという青春がある、といった三重螺旋的にテーマの融合が成されていると思う。

名探偵に薔薇を (創元推理文庫)

名探偵に薔薇を (創元推理文庫)

 

 それが成功しているのは、世界が我々とは違うからである。この作品の世界は、大昔に読者が生きているこの現実世界とは分岐して変化した世界である。つまりパラレルワールドだ。

冒頭を読んでいると「なんだなんだ?歴史小説かこれは」と思うかもしれないが、これは世界観の理解に必要な序章だ。ここを読み飛ばすとその後の「探偵」の特殊性が理解できない。
戦時中の描写であるが虚実入り交じる展開で、どこからか決定的に「歴史が変わる」のが判る。史実が変わり、今の日本とは少々違う状態になる。つまり何かが違っていたら、戦後はこうであったかもしれない的な日本なのだ。そのあたりが丁寧に冒頭で説明されていて、戦争の話だったりするのでちょっと嫌煙されるかもしれないが、ここを理解して、比較的簡単な本編に入ってくれればきっと楽しめるはず。


ちなみにこのような歴史の変化とともに発展してきた作中の日本では、私立探偵が法律で規制されている。私的探偵行為、警察類似行為、といった感じかな。つまり推理小説もよくないものとして考えられており、探偵をやっている人はバレると捕まる。そういう探偵が表立って行動できない世界だということだ。
だから、探偵の娘が主人公のこの小説が特殊な心情を抱えていることが判るだろう。これにより探偵が探偵でありながらその誇りを認められず、世間からは否定されている存在という、「そういう歴史の世界」が生まれる。だからこの作品の主人公は探偵という立場に対して複雑な心境を持ち、反発の力がある。これこそが現実世界でいうところの青春であると言っていいと思う。

 

そして重要なのがこの作品はシリーズ一作目として、探偵未満の主人公の物語だということ。だからトリック的要素はレベルが決して高いとはいえない。だけれどもあえてその立場からミステリを描く探偵小説だからこそ面白い。主人公の成長が気になるという感覚、そこが魅力だといえる。

 

もっといえば、決して舞台がミステリ向けではないのだ。あとがきによるとモデルは福島の太平洋側の町のようだ。田舎の小さな町で起きる殺人事件、規模はとても小さい。だからこれは探偵未満の主人公の出発点で、これから探偵になるための物語である。次作を読めばそれが読めるようになっているし、ここでやめれば読者の想像の域にそれがある。
そしてこの田舎町で主人公が同級生たちと深めていく友情もまさに青春小説のようで面白い。ミステリが隣り合わせる青春というのがなかなか新鮮で、読んでいて楽しかった。

 

さて、ちょっとだけ下でネタバレします。未読の方はこのへんで。

 

次回は同じ有栖川有栖の別シリーズである学生アリスシリーズ(江神二郎シリーズ)の一作目『月光ゲーム』を読もうと思ってます。お楽しみに。

 空閑純シリーズも
『闇の喇叭』
『真夜中の探偵』
論理爆弾

と続くので講談社文庫版が出次第なるべく早く読みたい。

 

闇の喇叭 (講談社文庫)

闇の喇叭 (講談社文庫)

 
論理爆弾

論理爆弾

 
真夜中の探偵 (特別書き下ろし)

真夜中の探偵 (特別書き下ろし)

 

 

ネタバレ

 

ややネタバレになるから書けなかったが、北海道がソ連の傀儡国家として独立し日ノ本共和国として、(作中の)現代では日本の敵国になっている。というのはちょっと面白い。他にも歴史上の人物やミステリ作家の名前が変わっていたり、間宮海峡を埋め立てた話なんか凄い面白かったな(笑)


まあ京都に原爆落としたってのはありえんのかな?ってちょっと思ったりもしたけれど。でも仮想の歴史で不謹慎なことやる分には全然構わないわけだし、こういうのは純粋に面白い。

内容としては明神刑事すげえなって思った。完全に空閑親子はこの刑事に敗北した形になる。だからこそ続編も気になる。

ソラこと空閑純が父親の逮捕劇を目の当たりにして「探偵になる」と宣言したところは感動した。社会から否定された探偵に、父の跡を継いでなろうとする覚悟や、最後のメールから判る本気さもかっこいい。

ガンジスこと由之のメールは切ないなぁ、伝えたくとも伝わらないという。景以子の後日談も書いて欲しかった。まあそれを言ったらソラの後日談もないのだけれど。とにかく早く続きが読みたい。文庫化するのを待つつもりだけど来月に発売されたら早めに読みたいな。ソラの母親に関しても意味深に謎が残って全然解決してないので期待したい。敵になってたら面白いけどな(笑)
明神との対決や、ガンジスや景以子との再会がいつか描かれたらいいな、そして探偵として成長するソラを見れることを願いつつ、今回のレビューは終わろう。

 

最後にもう一度。
次回は同じ有栖川有栖の別シリーズである学生アリスシリーズ(江神二郎シリーズ)の一作目『月光ゲーム』を読もうと思ってます。お楽しみに。

 

月光ゲーム―Yの悲劇’88 (創元推理文庫)

月光ゲーム―Yの悲劇’88 (創元推理文庫)

 
孤島パズル (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

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双頭の悪魔 (創元推理文庫)

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

 

 

女王国の城 上 (創元推理文庫)

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女王国の城 下 (創元推理文庫)

女王国の城 下 (創元推理文庫)

 

 

 

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