哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂

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【学生アリスシリーズ】 有栖川有栖 『双頭の悪魔』 レビュー/後半でネタバレ

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

 

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

四国山中に孤立する芸術家の村へ行ったまま戻らないマリア。英都大学推理研の一行は大雨のなか村への潜入を図るが、ほどなく橋が濁流に呑まれて交通が途絶。川の両側に分断された江神・マリアと、望月・織田・アリス――双方が殺人事件に巻き込まれ、各各の真相究明が始まる。読者への挑戦が三度添えられた、犯人当ての限界に挑む大作。


レビュー


前前作『月光ゲーム』、そして前作『孤島パズル』同様、今作も非常に面白い。ミステリのレベルとしては前2作を大いに上回ってるかもしれない。個人的には、純推理ものとしては最高の出来だと思った。

前々回のレビュー(【学生アリスシリーズ】 有栖川有栖 『月光ゲーム―Yの悲劇’88』 レビュー(ネタバレなし) - 哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂)及び、前回のレビュー( 【学生アリスシリーズ】 有栖川有栖 『孤島パズル』 レビュー(ネタバレなし) - 哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂)でも、僕の個人的な謎解きの勝敗について書いたけれど、今回もその例に従って結果を振り返りながらレビューしたい。

警告文のあとでネタバレします。

 

個人的に少々思い入れがあるのは、発表年が1992年ということ。どうでもいいんだけれど、僕と同い年の小説だったり……ほんとどうでもいいなこれww

さてさて、まず、この小説前2作より分厚いです。そしてエラリー・クイーンに倣った恒例の「読者への挑戦」がなんと3回もあるという、非常に楽しみがいのあるミステリだと思う。

なぜ3つも挑戦が仕込まれているかというのは、この推理小説の舞台設定にも起因します。

 

前作『孤島パズル』にて心に傷を負ったマリアは、家出にも近い一人旅に出てしまい、物語はマリアの父親が英都大学推理小説研究会の面々に娘を連れ帰ってほしいと頼むことから始まる。

マリアが滞在しているのは高知県の山奥にある木更村。この村は芸術家が芸術のためだけに集まり外界との接触を最低限に制限している村となっている。行き来するためにはただひとつの橋を渡る他ない。アリス、江神、織田、望月は、マリアに会うために木更村に隣接する夏森村に向かう。

そこでマリアと会おうと試みるもとある誤解によって木更村の住人に追い返されてしまう。義憤に駆られた面々は雨と闇夜に乗じて潜入を試みるのだが、大雨に見舞われ橋が落ち、木更村と夏森村が分断されて孤立してしまう。そして江神のみが木更村に、アリス、織田、望月は夏森村に分かれることとなる。

電話も繋がらないという互いに何が起きているか把握できない状況の中、両村でそれぞれ殺人事件が起き、マリアと江神、アリスと織田と望月は、それぞれ推理によって事件の解決を試みる。

 

と、概要を書くだけでこの長さ(笑)

当然ながら、前作まで語り手であったアリスは夏森村にしかいないので、本作は夏森村での出来事はアリス、木更村での出来事はマリアがそれぞれの視点で語る構成になっている。

交互に彼らの視点が切り替わっていくという構成が非常にテンポが良く面白い。事件と推理が進んでも飽きが来ずに読みやすくなっている。

相変わらずの仄かな青春要素もあり、面白かったりするんだけれど、新鮮だったのが夏森村での推理。このシリーズはワトソン役的な人物が非常に多い。英都大学推理小説研究会、通称EMCのメンバーがほぼワトソン役であり、江神さんが最年長であり部長であり、そして探偵である。しかし、今回は分断されているので、江神さんは木更村にしかいない。

まず木更村に関しては孤島パズルによく似た雰囲気だった。江神さんが推理を進めていきいつもどおりに真相に迫っていく。

新鮮なのは夏森村での面々、全員ワトソンなのに推理しなきゃいけないのだ(笑)

これが安定感のある木更村とは違ってかなり一般読者に近い視点で推理を進められるポイントで面白い。旅館であーだこーだと推理合戦を繰り広げ、失敗しては立ち直り、そしてやはりだんだんとではあるが真相に近づいていく。この様は名探偵が不在であるからこその面白みがある。

今回はアリスがなかなかのキレを見せていて見どころの一つだろう。

個人的には、木更村の語り手マリアが、自分の内面と戦っていく様も良かったと思う。殺人事件で傷ついた心が癒えかけたところで再び殺人事件に巻き込まれたのだから、やはりそのあたりの絶妙な描写は作品に緩急が付いてよかった。

 

さて、3つの「読者への挑戦」に話を戻したい。

これが難易度としては月光ゲームと孤島パズルよりややわかりやすい程度の謎が中ボスのような感じで相次いで発せられる。非常に技巧的でシンプル、判ってしまえばなんてことはないが、気づきにくいトリックで構成されている。

そして最後に2つの謎が追加される。これが第三の挑戦。そして全部解ければ晴れて全貌が明らかになるというものだ。3つ目はかなり難しかった。

 

今回、かなり悩んで推理した僕なのだけれど、残念ながら解けたのは第1第2の挑戦だけだった。感想やレビューなどを見て回ってみると成績としては悪くはないようだけれど、いざ答え合わせをしてみると第3の挑戦で提示された謎の真相に何故気づかなかったのだろうという「やられた感」が残る。

久しくミステリで完敗したことはなかったのだけれど今回は負けを認めざるをえない。

推理小説としては指折りのクオリティであり、純粋なミステリでは今まで読んだものの中で最も感嘆した作品だった。文句なしの最高得点。

また、後半に至って、このシリーズ全体に関連するような設定も明かされたりする。正直なところ、その部分を読んで、まだ完成していないこのシリーズを最後まで必ず読もうと決意した。

そんな気になる話も出てくるし、ラストの「対決」とも言える江神さんと犯人の対峙とその結末は最大の見所かと思う。

 

徹夜本にしてみようとは言えないボリュームだったりするけれど、決して一気読みができないような内容ではない。テンポは非常に良いので、読んでいて楽しい推理小説だろう。ぜひ、この巧妙な殺人の謎を解いてみてほしい。

さて、ここから下ではネタバレのありで、感想を書いていきたい。

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

 
月光ゲーム―Yの悲劇’88 (創元推理文庫)

月光ゲーム―Yの悲劇’88 (創元推理文庫)

 
孤島パズル (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

孤島パズル (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

 
女王国の城 上 (創元推理文庫)

女王国の城 上 (創元推理文庫)

 
女王国の城 下 (創元推理文庫)

女王国の城 下 (創元推理文庫)

 

 

まず、今回一番印象的だったのは、最後の犯人との対話、推理と罵倒の応酬。

江神さんがここまで熱く戦ったのは今作が初めてだろう。そもそも今回は推理中に関西弁も少なかった気がする。本気感が伝わる犯人の暴露だった。

 

そもそも『月光ゲーム』では火山の噴火で皆が満身創痍、『孤島パズル』ではパフォーマンス的な犯人の特定ではなかった。

今回の『双頭の悪魔』では犯人の指摘、及び犯人による反論という構図があった。しかも事件自体も非常に多層的で、卑怯なやり方であったことも江神探偵の静かな怒りを呼んだといえると思う。

このクライマックスに至ったのは江神二郎の語った過去が幾らか影響しているだろう。彼曰く、

「母親はある種の占いに狂信的に凝っていた。胃癌で死ぬ間際に俺にお告げを遺してくれたわ。『お前は三十歳を迎えずに、父親より先に死ぬ。多分、学生のまま』」

この占いが彼を死の呪縛で縛っているのだと思う。

この母は彼の兄にも二十歳に満たないうちに死ぬという占いを残しており、その兄は19で死んだという。

江神さんはどこかこれを信じていて、人格形成において非常に大きな要素になっているんじゃないだろうか。何にせよ、今後のこのシリーズにおいて、この占いがどう関連していくかがひとつの見所になるんだろうと思う。

 

さて、3つの挑戦について少々。

 

まず「第一の挑戦」である【誰が小野博樹を殺したか】

この事件の犯人を特定する術は、洞窟内で小野氏をどう尾行するかという方法に気づく。そしてそれが可能であったタイミングにアリバイのない者を見つける。というシンプルなもの。

これはまず小野氏が無臭覚症であることを提示された段階で気づいた。香水の匂いがアリアドネの匂いであったというトリック。あとは前作、前前作に倣ってタイムテーブルを把握すればよいだけ。

ただし、無臭覚症の件は非常にさり気なく発覚するので重要なのにもかかわらず見逃す人は多いかもしれない。というのも耳が切られていたり逆立ちしていたり高台に乗せられていたりと、かなり他に注意が行ってしまったりするから巧妙。

もしかしたら最大の障壁は動機がないことかもしれない。


そして「第二の挑戦」である【誰が相原直樹を殺したか】 

 こちらの方が難易度は高い。まずちょっと書いたけれど、江神さん不在の状態なので鮮やかに証拠が集まるわけではなくじわじわと真相に近づいていくので、発想の転換がタイミングとして困難。

右肩を痛めていた相原氏が後ろポケットにメモを入れることは困難ということに気づきさえすれば、かなり前進する。封筒の中に封筒を入れるというトリックは犯人に目星がつけば比較的わかりやすい。

ただしこれも動機の無さが真相にたどり着きにくくしている。

 

最後の「第三の挑戦」。これは難しい。

まず殺人についての謎と事件の全体像についての謎の2つが挑戦に含まれる。

【誰が八木沢満を殺したか】については完全に発想がモノを言う仕掛けの巧妙さがある。マリアが不審な音を聞かなかったことが逆に不自然であると気づくのがかなり難しい。これがこの殺人において僕が解けなかった謎だった。プラスの証拠というよりはマイナスであることが証拠になるという巧妙すぎる作者のトリックだと思う。

全体の構図が交換殺人であることは、実は僕は早々に気づいていた。なので前の2つの挑戦で動機の不在がネックにはならなかった。……が、かなりしんどかったのは交換殺人の仲介者が存在したということ。2人の殺人者だけでなく彼らを操る黒幕がいるということには気づかず、八木沢満の死にはかなり面食らった。

言ってみればここが最も僕がテンションが上ったところかもしれない。

「ミツル」の香水の瓶が特徴的であったことは地味に思いつかなかった。これがなければ確定の推理ができないので、やはり鮮やかな敗北だった。

 

さて、悔しいが推理は成功しなかったのだけれど、気持ちのいい推理小説だった。解けそうで解けない、思いつきそうで思いつけない、そういうギリギリの面白さが究極的に完成されていて、読んでいて楽しい推理小説だった。

ぜひとも次作、『女王国の城』も読みたいと思う。

2015/09/23 追記:読みました

 

x0raki.hatenablog.com 

女王国の城 上 (創元推理文庫)

女王国の城 上 (創元推理文庫)

 
女王国の城 下 (創元推理文庫)

女王国の城 下 (創元推理文庫)

 
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