哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂

推理小説やSFのレビュー・書評・ネタバレ解説・考察などをやっています。時々創作小説の広報や近況報告もします。

【学生アリスシリーズ】有栖川有栖『女王国の城』 レビュー/後半でネタバレ

 

女王国の城 上 (創元推理文庫)

女王国の城 上 (創元推理文庫)

 
女王国の城 下 (創元推理文庫)

女王国の城 下 (創元推理文庫)

 

 

目次

 

女王国の城


ちょっと遠出するかもしれん。そう言ってキャンパスに姿を見せなくなった、われら英都大学推理小説研究会の部長、江神さん。向かった先は“女王”が統べる聖地らしい。場所が場所だけに心配が募る。週刊誌の記事で下調べをし、借りた車で駆けつける―奇しくも半年前と同じ図式で、僕たちは神倉に“入国”を果たした。部長はここにいるのだろうか、いるとしたらどんな理由で―。


レビュー

さて、有栖川有栖の人気シリーズ「学生アリスシリーズ」4作目『女王国の城』。今回はいつも探偵役として活躍する江神二郎が大学に顔を見せなくなるところから始める。前回の『双頭の悪魔』は同じようにマリアが失踪したところから始まるのだが、違うのは今回江神さんは行き先について誰にも告げていない。ただしそこはEMCの面々、江神さんの下宿の様子から宗教団体「人類協会」の聖地である神倉に江神さんが居るらしいことを突き止め免許取り立てのアリスの危ない運転で事故りかけながら神倉に向かった。 

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

 

 今作は『双頭の悪魔』から15年ぶりのシリーズ長編作になる。とはいえ発売は今から数年前になる。『女王国の城』というと一緒に思いつく作品が『首無の如き祟るもの』だろう。作者は三津田信三で一見関係がないのだが実は第8回本格ミステリ大賞の大賞が有栖川有栖の『女王国の城』で、三津田信三の『首無の如き祟るもの』が大賞を逃した一作になる。個人的には『首無の如き祟るもの』の方が傑作だとは思うが、それは単体で見た時だろう。 

首無の如き祟るもの (講談社文庫)

首無の如き祟るもの (講談社文庫)

 

 シリーズ作品としてみた時、『女王国の城』は非常に面白さを感じさせる。クオリティの上では、それこそ『首無の如き祟るもの』と同等レベルで大傑作だった前作『双頭の悪魔』に劣るかもしれないが、シリーズに連なる一作としては前後編の長さを感じさせない面白さであり、本格ミステリ大賞の受賞も頷ける。

15年の年月が経った現実世界とは違い、作中では登場人物はみな大学生、まだ前の事件から数ヶ月しか経っていない。描写の端々にはバブル期を思わせる表現が絶妙に時代を感じさせていて、平成生まれの僕としては不思議な気分だった。

今回は前作のように、読者への挑戦が3つも織り込まれているなんてことはなく、下巻に一度だけ登場する。その読者への挑戦の文章が非常に綺麗で、作者の本格推理に対する愛情が非常によくわかる。だからこそこのシリーズは完結に向けて順調に進んで欲しいとファンとしては思うばかりで、その流れの中で今作は非常に楽しめる作品だったと思う。ちなみにこのシリーズは5作の長編と2作ほどの短編集で完結する予定であると有栖川有栖は述べている。


舞台となる人類協会の「城」と「街」はまるで異世界のような空間になっている。『月光ゲーム』『孤島パズル』『双頭の悪魔』は自然災害によってクローズド・サークルが発生し、警察の介入を待たずして登場人物たちは自力で事件を解決する必要性に駆られるのであるが、今作は少々毛色が違う。今作では宗教団体の中で人為的な「絶海の孤島」「雪山の山荘」状態が創出される。その辺りの状況から生まれてくる脱出劇や心理戦のような要素ややりとりも非常に面白い。
作中でアリスが語る城とカフカに対する独白や、街に対するEMCでの会話なども見所だろう。

そして事件は大きく三要素に分かれる。一つは江神部長の失踪、そして「城」で起こる殺人事件。そして11年前に神倉で起きた密室事件。その全てが複雑に絡まり、非常に難解なミステリ作品になっている。事件の難解さは前作『双頭の悪魔』より遥かに簡単であるが、その推理の導き方、筋道が少しでもズレると真相がぼやけてしまい、思いの外読者への挑戦に対する完全な勝利は難しいものとなっている。

そしてなんとも言えない読後感の良さを演出する「オチ」とも言えるラストが非常に心地よい。
最後まで謎だった根本的な「なぜ?」もすっきりと解決して納得がいくように作られている点は、僕の信奉する麻耶雄嵩作品とは違い非常に優しく出来ている(笑)


さて、この下ではネタバレも含めレビューを書いていこうと思う

 

 

x0raki.hatenablog.com

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月光ゲーム―Yの悲劇’88 (創元推理文庫)

月光ゲーム―Yの悲劇’88 (創元推理文庫)

 
孤島パズル (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

孤島パズル (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

 
双頭の悪魔 (創元推理文庫)

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

 

  

ネタバレ


第一の事件である見守り番殺しは、「ペリハ」と記録されている点が目を引き、一瞬ビデオテープが持ち去られたことに対してそのことを結びつけようと思ってしまうかもしれないが、この辺りは冷静に考えればミスディレクションは避けることができる。
基本的に聖洞しか映っていないビデオテープなのだからそれは「ペリパリ」が映ったり「ペリハ」が映ったりしたのではなく、殺人者が映ったのだということは明らかだ。但しこの段階では聖堂を映すビデオに犯人が映る必然性は見当たらないので、ここは保留すべき謎であるだろう。しかし何か意味があると考えるのは妥当で、破壊するのではなく持ち去られている点も留意すべきだろう。


第二の事件と第三の事件はそれぞれ子母沢と弘岡が殺されているが、しばらくはこの殺人の順番や手口がわからない。11年前の密室殺人の際に消えていた拳銃が凶器になっている点は、むしろ拳銃が用いられたことよりも、第一の土肥殺しに何故拳銃が使われなかったのかについて思考を持って行くことが鍵かもしれない。
そこに思い至れば、「聖堂の中に拳銃が11年前から存在し、それは聖堂の先が抜け穴になっていることを指し、そして同時に犯人が土肥を殺しビデオを処分することで聖堂の中から凶器の拳銃を持ちだしたのだ」という推理が比較的容易に候補に上げられるようになる。

ただこれはある意味結果論的なものであって、厳密には拳銃の発砲に対しては二発の花火が発砲音をかき消すということが必須の条件になるので、あくまでも思いつきやすいということにすぎない。単純に音が出るとまずいので絞殺したとも考え得るし、普通はその発想の方が先に思い当たるだろう。

死後硬直によって弘岡の死亡時刻を遅らせるトリックについては僕は流石に思いつかなかったが、これは作中で早いうちに明かされるトリックでもある。問題はこれを行う動機が一見見当たらない点であるが、これが犯人が弘岡を殺害することで会祖の予言が奇しくも成就したことを隠蔽するためであった。これは非常に面白い動機であるし、この小さな動機が事件全体の動機と相似するのも面白い。犯人の動機は会祖の予言で無茶苦茶になった家族と自分の人生の復讐を果たすこと。これは予言が外れることと事件が公になることを指すわけであるが、代表を狙わなかったのは果たして理由があったのだろうか。実際は狙えなかったのだろうから疑問でも矛盾でもないのだろうけれど、逆に先走って代表を殺そうとしなかった点が犯人のキャラクターを色づけている。

以上の点などを、江神部長はアリスや望月、織田、そしてマリアと共に調べていき、ついに金石千鶴の聖堂からの侵入や、江神部長自身の聖堂強行突破から、決定的なアリバイ崩しに至り、彼にしては珍しく関係者全員の前で推理を披露する。予言に全てを壊された犯人を、同じく母の呪いのような予言で家族が離散した江神部長が突き止めるというのが非常に構成美を感じる。
江神さんの母は占いのようなことができ、その占いによる予言通りに兄は死に、また江神さん自身も30歳を前にして学生のまま死ぬという予言に立ち向かっているところである。そんな境遇の探偵が同じような境遇の犯人を討つというのは、なかなか面白い展開だった。

江神部長による論理の展開の仕方はかつてないほどに秀逸で、3つの条件を突きつけて段々と関係者を弾いていき、最後に一人の犯人に絞るところは見所の一つだ。

特に第三の条件「犯人は凶器の拳銃を入手できた人物」は11年前に神倉に居た子供を指し示し、それが決定打になるのが面白い。わかりやすいトリックではあるが、目玉となる謎の解明だろう。またその影で地味になってはいるが、江神さんが決定的に犯人を絞ったのは、実は金石千鶴の侵入からの、自身の聖堂突破にある。一見すると聖堂が抜け穴であることを読者に示したシーンのように思われるこの流れであるが、実は聖堂内の拳銃の位置を明らかにする秀逸な描写であったのが素晴らしいところ。これがないと華やかな第三の条件も成立しなくなってしまう。

そして最後にオチ。
「なんでこいつら警察に通報しないんだよ!」と読者の誰もが人類協会の人間に対してつい怒りを持ってしまうような、このシリーズが好きだと感情移入してしまう今作だが、実は女王こと野坂代表が誘拐されていて、警察に通報できなかったという、教会は教会で非常に困難な事件に巻き込まれていたことが明らかになる。
もっと面白いのが冒頭でアリスの運転する車と事故を起こしかけた相手の車が誘拐犯の車だったという事実。こういった見事な伏線もあるのが面白い。
江神部長が神倉を訪れることとなった理由も、離散した肉親である実の父親が居るかもしれないと判ったからであった。

さて、このシリーズがどういう展開を持ってして次作の最終長編となるのかが気になるところ。江神さんは予言に打ち勝てるのか、アリスとマリアの関係も少し気になる。

アガサ・クリスティー 『オリエント急行の殺人』 レビュー/後半でネタバレ

 

 

目次

 

 オリエント急行の殺人

厳寒の季節、国際列車オリエント急行は世界各国からの乗客でいつになく混んでいた。一癖も二癖もある乗客たちが作る異様な雰囲気のなか、雪で立往生した車内で、老富豪が刺殺された。名探偵ポアロが腰を上げたが、乗客のすべてには堅牢なアリバイがあった……大胆なトリックで贈る代表作。(解説 有栖川有栖

 レビュー

 

実は読んだのはもう数カ月前。

ちょうど三谷幸喜によるドラマ化で2夜連続の『オリエント急行殺人事件』が放送された頃。

 

実はこのドラマが結構原作に忠実。野村萬斎の勝呂という役もポアロのイメージには合ってると思う。

ただ2夜目は完全にオリジナルで、犯人側からの視点で事件が描かれている。三谷幸喜というとコメディ色が強いイメージではあるけれど、1夜目に関してはちゃんと封印してしっかりミステリになっていた。

 

さて今回はそんなドラマの原作、アガサ・クリスティーの『オリエント急行の殺人』のレビュー。

 

まずこの作品は「意外な犯人」「意外なトリック」で有名。そして『アクロイド殺し』のとき同様、賛否の分かれる作品だ。フェアかどうかという点ではこれもなかなかギリギリの線を行っている。

ただ僕は『アクロイド殺し』もフェアであると思うし、『オリエント急行の殺人』も十分フェアだと思う。

 両作品とも真相にたどり着くための情報が記述されており、作者が直接読者を騙そうとしているわけでもないので、あくまでも登場人物のトリックを見破ればいいのだ。

古典ミステリの部類だが、やはりクリスティーは読みやすい。名作として名を残す作品であるし、これもまた『アクロイド殺し』や『そして誰もいなくなった』のようにいつネタバレを受けてもおかしくないくらいネタバレされやすいので、ミステリファンは早めに読んでおくといいかもしれない。

 
この下からネタバレ 

 

アガサ・クリスティー 『アクロイド殺し』 レビュー・解説/後半でネタバレ解説あり - 哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂

 

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 
アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 

ネタバレ

 
さてここからはネタバレ。
 
物語はポアロが中東での仕事を終え、イスタンブール発カレー行きのオリエント急行に乗るところから始まる。
ちなみにいつもは空いているはずが満席。この時点でこの伏線に気付けると比較的簡単にトリックにも気付ける。

そこでラチェットという男が殺され、その死体には12の傷がある。その傷は様々で深いもの浅いものなど。これも犯人が複数で、かつ12回も傷つける必要性があったことを匂わせます。
このあたりでトリックに気づいていないと多分迷走するんじゃないだろうか。


ポアロは一等車の乗客12人や関係者に事情聴取をするが車掌含め容疑者にはアリバイがあり怪しい人間は見つからない。
しかし現場に残されたラチェットへの手紙から、アームストロング家の娘が誘拐され殺害された事件が、今回の事件に関係があると判明する。

つまり被害者のラチェットはアームストロング事件の犯人であったということが、殺害された理由に当たるとポアロは推理する。


すると次第に、容疑者全員がアームストロングの事件に何らかの形で関与していることが判ってくる。

つまりこの事件は、容疑者がすべて犯人であったという結末なのだ。
アームストロング事件の復讐が動機であり、アリバイが全員に存在したのは全員が共犯であったからである。
だから列車は満員だったわけである。

ちなみに実行犯は12人だが、この犯罪に関係したのは13人である。これもまた一種のミスリードであり、トリックに気づきにくくなる。
解決のために捜査をしていたポアロ一行以外が全員共犯だったというオチは非常に大胆なトリックといえると思う。

そして、それとは別に賛否が分かれるのは、結末として、ポアロはこの事件を警察には引き渡さないのだ。別の解釈を進言し、犯人たちを裁くことをしない。つまり見逃すわけだ。
これは被害者が悪人であったとはいえどうなのだろうか。僕はあまりその辺りに関しては、意見を持っていないのだが、1つのテーマではあると思う。
仇討ちの正当性を取るか、それでも殺人は罪であると取るか、それは読者に委ねられている。

……まあポアロのその辺の思想は『アクロイド殺し』ではもっとすごいんだけどね(笑)
 
アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 
そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 
ABC殺人事件 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

ABC殺人事件 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 

江戸川乱歩 『江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)』 レビュー/後半でネタバレ

 

江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)

江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)

 

 

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江戸川乱歩傑作選』

 

さてさて、数カ月前に予告したレビューと全く違うレビューを投稿していよいよブログ再開しようかなと(笑)

 

今回は新潮文庫の『江戸川乱歩傑作選』のレビューをしたいと思います。

 

というのも、もう読了した本が何冊もあるので予告通りに投稿することも可能なのだけれど、今期のアニメで乱歩奇譚 Game of Laplaceという江戸川乱歩の没後50年を契機にしたアニメが放送されているので、時期的にここにこの記事を置くのが良いかと思いって。

まあ、このアニメは江戸川乱歩原作ではなく、あくまでも乱歩の作品を複数「原案」として用い、「設定を現代に移した」オリジナルアニメ作品とのことなので、1話を見る限りでは乱歩ファンがニヤリとするような設定がちょいちょいあるくらいでストーリーはほとんど違うものになってるようだ。

 まず江戸川乱歩のデータを少々。

 

江戸川乱歩(1894-1965)本名平井太郎三重県名張市生れ。早稲田大学政経学部卒。日本における本格推理、ホラー小説の草分け。貿易会社勤務を始め、古本商、新聞記者など様々な職業をへた後、1923(大正12)年雑誌「新青年」に「二銭銅貨」を発表して作家に。主な小説に『陰獣』『押し絵と旅する男』、評論に『幻影城』などがある。1947年探偵作家クラブ(後の日本推理作家協会)の初代会長となり、1954年江戸川乱歩賞を設け、1957年からは雑誌「宝石」の編集にたずさわるなど、新人作家の育成に力をつくした。

 

一応どれくらいの時代の人の作品なのか分かっていたほうがいいでしょう。思ったよりずっと読みやすいから、下手すると時代感覚が微妙にぶれたまま読み進めることになる人もいるのでは、と思った。それくらい読みやすい。

ちなみに乱歩はプロデューサーとしても優秀な人で、あの筒井康隆も乱歩に認められ夜に出た作家の1人。実は今偶然にも『旅のラゴス』読もうとしててびっくり。

旅のラゴス (新潮文庫)

旅のラゴス (新潮文庫)

 

 乱歩作品をまとめたものは非常に多く出回っていて、もしTPPとかの影響で著作権保護の期間が70年に決まったりしなければ、乱歩作品は著者の没後50年を迎えるので、青空文庫等で読めるようになることになる。ただし雲行きは怪しいけれど(笑)

 

まあそこまで気にせずとも、図書館や大きい本屋には間違いなく置いてある乱歩作品の収録本。ちなみに新潮社の、今回紹介するこの短篇集に関しては小さい本屋でも置いてあることが多いんじゃないだろうか。

 

そんな江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)』収録作品は以下の9作になる。

 

二銭銅貨
二癈人
D坂の殺人事件
心理試験
赤い部屋
屋根裏の散歩者
人間椅子
鏡地獄
芋虫

 

乱歩作品でパッと思いつくものはかなり多く入っていそう。

ちなみに僕は恥ずかしながら今回が初乱歩でした。

 

名前と作品のあらすじくらいならいくつか知ってるんだけれどね。

厳密には小学生の頃にこの短篇集は読んだ気がするんだけど記憶は全くない。もしかしたら人生初読書はこの本だったかもしれないなぁ。

どうでもいい話なんだけど、これ、2013年7月に新潮文庫の夏の企画で取り上げられてその期間だけカバーのデザイン変わってたりする。僕がこの本を買ったのはその時期でそのカバーがやや謎多きカバーなんだよね。

https://instagram.com/p/4_jT5NO0Yj/

ブログ用

 

うーんなぜスイカ

しかもでかい、アップ。

本物のようなリアル志向。

乱歩作品にスイカが登場するものはあるけどこの本には収録されていないんだよねー。まあ、いいか。

 

というわけで本題。

作品の紹介と感想をちょっとずつ書いていきたいと思います。

作品紹介以上のネタバレはしないので。ネタバレ読みたい人は、下に警告文が出てくるので、その更に下にスクロールしてください。

 

二銭銅貨

大金を盗んだ紳士泥棒がつかまった。だが金の隠し場所は白状しない。盗金を追う俄か探偵。彼は謎の二銭銅貨に封じられていた暗号文を見事に解き、まんまと金をせしめたが…。

三上延の『ビブリア古書堂の事件手帖』には確か4巻辺りで乱歩に関するエピソードが多数あって、特に『二銭銅貨』『人間椅子』あたりはネタバレがあったみたいだそうで。僕は読んでいないのでその辺りにも改めてちょっと興味出てきたりする。ドラマ版は観ていたので、二銭銅貨のネタバレは僕も思わぬところでくらってしまったのだけれど(笑)

 さてそんな『二銭銅貨』は1923年に乱歩が発表した短編推理小説で、江戸川乱歩の処女作。乱歩の短編を読むなら最初に読んでおくとなんとなく乱歩のやり方みたいなものがわかりやすいと思う。構成がすばらしく、展開からオチまで楽しめる。

ネタバレがって話をしたけれど、たぶん作中の暗号に関する経過の一部分のネタバレだろうから、実は知っていても知らなくともそこまで差はない。おそらく十分に楽しめるだろう。

また『二銭銅貨』といえば、最初の一文が松本清張をはじめ様々な人に絶賛されているところなので、期待して良いと思う。

ペンネームの江戸川乱歩エドガー・アラン・ポーという世界初の推理小説『モルグ街の殺人事件』を書いた作家から来ていて、ポーもまた暗号を用いた推理小説を書いている。乱歩が傾倒したポーの『黄金虫』はこの作品に少なからぬ影響を与えているだろう。

モルグ街の殺人・黄金虫―ポー短編集〈2〉ミステリ編 (新潮文庫)

モルグ街の殺人・黄金虫―ポー短編集〈2〉ミステリ編 (新潮文庫)

 

 

二癈人

湯治場で出会った井原と斎藤は意気投合する。やがて井原の部屋で二人は茶を飲みながら、井原はふと過去に犯した犯罪について斎藤に告白を始める。そして思いもよらなかった真実が判明する。

 これは非常にオチのキレが良い作品。二番目に配置されていることも高い効果を上げていると思う。おそらくオチに至るまでの流れや叙情などに関してはこれを上回るものが後に出てくるだろう。ただそれらの後にこれを読むのではなく、序盤にこれを読むことで強いインパクトがある。

井原が自分の犯した犯罪について語り、そして「真実」が明らかになるわけであるが、この作品において最も見所になっているのはその真実が明かされた後だと思う。最後の心情描写は秀逸で、読後感の良さに大きく寄与している。


D坂の殺人事件

9月初旬、D坂の大通りにある「白梅軒(はくばいけん)」という喫茶店で冷やしコーヒーをすすっていた「私」は、この喫茶店で知り合いとなった明智小五郎と二人で、偶然向かいの古本屋で発生した殺人事件の第一発見者となる。

 当時の推理小説の常識としては、日本の家屋はポーのモルグ街のような密室を構築できないということだったようだが、そんな常識を破ったのがこの『D坂の殺人事件』である。乱歩が生み出した名探偵「明智小五郎」が初めて小説に登場するのもこの作品だ。

作中に登場するD坂は文京区千駄木の「団子坂」であると言われている。 乱歩はかつてここで古本屋をやっていて、その時にこの小説のネタを思いついたそうだ。ちなみに作中には蕎麦屋も登場するが、乱歩は支那蕎麦屋もやっていたらしい。なんでもやってるな乱歩さん……(笑)

ともあれ、これは乱歩の本格推理モノの1つであり明智ファンには欠かせない作品だ。

テーマとしてはまずは「密室」である。これは先述したようなポーのモルグ街との比較意識があったのかもしれない。

次に「犯罪と心理」である。次に収録されている続編『心理試験』にも引き継がれているのだが、この作品には犯罪と心理学の関係についての描写があり、それがなかなか面白い。


心理試験

貧しい大学生・蕗屋清一郎は、親友である斎藤勇から、彼の下宿先である老婆が金を貯めていることを耳にした。老い先短い老婆より、まだ若くて未来のある自分がその大金を使った方がずっと効果的だ、と考えた蕗屋は、老婆を殺して金を奪う計画を立てる。

 この『心理試験』という作品は僕の中では一番好きな作品だった。いろんな人のレビューを眺めていると、人気どころはやはり『人間椅子』や『鏡地獄』だろうけれど、僕はこの『心理試験』もこの傑作選の中では短編として良くまとまっていると思う。

乱歩作品は「子供向け」「異常嗜好モノ」「本格推理」「幻想怪奇」「エログロナンセンス」など色々と書いているけども、本格推理モノの代表格としてこの作品は傑作だろう。

まあ、本格というのはややずれている可能性もなくはない作品ではあるのだけれど。この作品は倒叙的な推理モノで当時としてはあまりないものであったようだ。しかし、その論理と構成の美しさ、そしてテーマ性、更になにより二人の主役の魅力といった点では本格推理として面白さを持っている。

テーマとしては、丁度一つ前に収録されている『D坂の殺人事件』で取り上げられた「犯罪と心理学」である。これはこの作品が明智小五郎シリーズであることから、続編的な位置にあることを示唆している。前作では具体的には表現されなかった心理的な探偵術ともいえるものが今作では具体的には描写されており、非常に面白い。

そして二人の主役の魅力とはまさに明智小五郎と蕗屋清一郎の魅力のことだが、明智小五郎については前作の時系列では若さが表れており風貌も一般的に知られている明智らしくはなかったが、今作ではみんなが知っている明智名探偵である。その点で探偵としての鮮やかさがより一層感じられるのではないだろうか。

そして僕が気に入ったのは蕗屋清一郎である。この人物は非常に面白かった。まず性格が面白い、頭が抜群に良くてプレッシャーに強く犯罪に対して独自の理論を持っている。冒頭から終盤までずっと引きつけられるキャラクターだと思う。

見所はたくさんあるのですらすら読み進められると思う。


赤い部屋

どこもかしこも赤い会員制クラブの一室に、異常な興奮を求め集まった七人の男。彼らはここに集まり怪異な物語を語り合う。ある日、新入りの会員は自身が極度の退屈よりある犯罪に関心を持ったことを語る。

これはちょっとあらすじが難しいんだけれど、簡単に説明すると、退屈を持て余した男たちが全体が赤く演出された部屋で怪異な物語を語り合う秘密クラブのようなモノがあり、そこにある日新入りの男が入ってきた。新入りは入会するときに話を一つ披露するのが恒例になっており、その男も自身が体験したという奇妙な物語を語り出す。

という感じの内容なのだけれど、これ以上を書いてしまうとネタバレになってしまうので残念ながらあまり紹介はできないタイプの物語だ。

しかし、オチのキレの良さ、物語の求心力は非常に強い。この作品の良いところは始まりの数行に非常に大きなギミックが仕込まれているところじゃないかと思う。視点が聞き手から始まるので、読者もまた赤い部屋にいる客人であるかのように感じることができる。そしてそれが読後感に大きく影響してくると思う。内容も誰もが一瞬頭をよぎったことのあることというか、そういう感覚をうまく表していて面白い。中盤の盛り上げに一つ貢献している収録作かもしれない。 


屋根裏の散歩者

郷田三郎は学校を出ても定職に就かず、親の仕送りを受けて暮らしている。酒、女をはじめあらゆる遊戯に興味を持てず、この世が面白くなく退屈な日々を送り、下宿を転々としていた。そんな郷田は友人の紹介で素人探偵の明智小五郎と知り合い、「犯罪」に興味を持つようになる。

 これも明智小五郎の登場作なのだが、少々明智にしては奇怪な推理をしていたりして面白い。ただ筋は通っているし、最後の一文への収斂は見事。

内容はユニークでタイトル通りだがそのタイトルがまた味わいがあると思う。屋根裏を伝っていろんな部屋を覗き見るという、現代だとどうにもホラーかエロスにしか持って行けなそうな舞台装置だが、乱歩はこれをある性質と結びつけて、乱歩の一つの特徴になるようなキャラクター像を造っている。

『赤い部屋』の語り手もそうなのだが、乱歩は「何をしても興味が続かず、退屈を持てあましすぎて、犯罪に関心を持ち始める」というキャラクターというのが好きだったのかもしれない。乱歩自身も職を転々としていたりして、何をしても退屈してしまうような感覚があったのかもしれない。

実はこの作品は『乱歩奇譚 Game of Laplace』の1話の原案として『人間椅子』と共に挙げられている。乱歩奇譚よ主人公の小林少年はまさにこのような性格のキャラクターだ。これは偶然のはずもなく、当然乱歩作品を原案として扱うのだから、ファンがニヤリとするような、設定として付加されたモノだろう。まあそれ以前に名前が小林少年なのだからこれは言うまでもない。

 

人間椅子

 外交官を夫に持つ作家の佳子は、毎朝夫の登庁を見送った後、書斎に籠もり、ファンレターに目を通してから創作にとりかかることが日課だった。ある日、「私」から1通の手紙が届く。それは「私」の犯した罪悪の告白だった。

 

 先述した人気作であり、乱歩奇譚の1話原案でもある『人間椅子』。これもまたオチへ向けての展開が美しく、オチ自体もキレがある。

人気作なので語りたい部分はたくさんあるのだが、語れば語るほどネタバレするタイプの作品なのでこれ以上は書けない。

ちなみにアニメの物語とは全く違うのでアニメを観ていても何の問題もなく読むことができる。存分に作品に引き込まれてほしい作品。引き込まれれば引き込まれるほど、楽しめる。


鏡地獄

男は幼少期から鏡、レンズ、ガラスに嗜好を持っていた。中学で物理学を学び、鏡の魅力に取りつかれた男は、庭に実験室を建築し、そこで異様な実験を行い始める。

これも大変人気の高い作品。これをアニメ原案にしないのは間抜けすぎるので、きっと今後アニメで原案として用いられるだろうと思う。

内容はシンプル、幼い頃からレンズや鏡を好んでいた少年は、その後物理学を学ぶようになり、狂気ともいえるようなレンズ狂、鏡狂になっていく。そんな男の友人の語りで物語は進む。

鏡やレンズは、特に男子ならば一度は関心を持ったことがあるんじゃないだろうか。確かに魅力的な小道具だと思う。しかしこれをある種の幻想的な、怪奇的なホラー作品にできるのは乱歩ならではかもしれない。

何しろ乱歩自身が恐怖を感じた事柄を元にこの作品を作っているそうなので、ネタを膨らませる創作力は流石のものである。

この作品は関心→狂気への流れが非常によく描写されていて、推理ではなく文学に近い作品だ。乱歩らしい感性の見える作品だった。


芋虫

 傷痍軍人の須永中尉を夫に持つ時子には、奇妙な嗜好があった。それは、戦争で両手両足、聴覚、味覚といった五感のほとんどを失い、視覚と触覚のみが無事な夫を虐げて快感を得るというものだった。

 さてラスト。実は僕はそこまで好みじゃなかったんだけれど、文学的な良作で、なんというかこの傑作選の中では毛色の違う一作だ。

というのもこれだけ発表時期が大きく違っていて、ほかの作品は比較的初期の乱歩なんだけれど、これはかなり後になってからの作品。

乱歩には反戦の意志があったわけじゃないけれどたまたま作品がそういう内容としても受け取ることができてしまうせいで、右翼からは叩かれまくり、戦時中は伏せ字ばかりになってしまい発禁にもなってしまった異様な作品ではある。左翼には喜ばれていたらしいというのがまた面白い。

文学として見るのがやはり妥当で、一種の恋愛小説だ。五感をほぼ失った夫と、その妻。夫は段々と原始的な欲求に縛られていき、妻は夫に支配的な欲求と喜びを感じ、異様な愛の形として成立してしまっている。

そんなある日に事件が起こるわけであるが、終わり方はなんとも悲哀に満ちた、印象的なものになっている。

ラストの描写は強く記憶に残ると思う。

 

まとめ

という感じで、収録された全作品について簡単にレビューしました。ネタバレでこの後にちょっとだけ追加するけれど、なかなかまとめていて面白かった。
乱歩作品はやはり世界観を楽しむのが良いと思う。気味の悪さや幻想的な雰囲気とか叙情的な描写とかスリルのある舞台とかそういう一つ一つの個性が非常にまとまりのある空気感として読者に伝わるのが面白い。
キャラクターも癖があって面白く、犯人や脇役も、主役のように目立っていて楽しい。
乱歩という作家を知るには良い短編集であり、まさに傑作選といった内容だった。

できれば、今後『パノラマ島奇談』『陰獣』『孤島の鬼』『黒蜥蜴』あたりの代表作も読んでみたい。

 

↓この下からはネタバレがあるので注意!

 

江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)

江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)

 
江戸川乱歩傑作選

江戸川乱歩傑作選

 

 

 ネタバレ

さてネタバレ。

まずは二銭銅貨だけれど、これは凄いキャラクターが出てきて、でも実は更に凄い人物がいたと後から明かされるパターンの展開になる。友人は勝ち誇って推理を披露するが、実はそれを仕組んだのは主人公であって、すべて主人公の手の内だったというのがオチだ。これは実に鮮やかで、スッキリするような読後感があった。


次に『二癈人』。これは夢遊病がテーマの作品で、当時では珍しいものだったのかもしれない。夢遊病で人を殺してしまった主人公が、後年出会ったのが見た目もひどく変わってしまった友人だった。そして主人公は実は人殺しなどしておらずその友人が主人公の幼い頃の寝言癖などを利用して夢遊病であると思い込ませ殺人を自分がやったかもしれないと思わせていた、というオチ。
オチ自体は実にシンプルだが、それを示唆されたときの主人公の心情描写は実に細やかで素晴らしい。


『D坂の殺人事件』。これはやや犯行動機が論理性に乏しいが、『モルグ街の殺人事件』を念頭に置いているのなら自然かもしれない。サディストとマゾヒストが近所に住んでいてお互いの存在に気づき、その関係が行き過ぎて死に至ったというのは実に突飛だがなかなか面白い。明智が最初は疑われるというのも、当時の読者からすると本当に乱歩に騙されていたかも。現代の我々としては明智が犯人になり得ないのは自明で、少々展開が読めてしまうところはある。


さて『心理試験』について。これはやはり主人公の蕗屋が面白い。犯した犯罪について綿密な予定と練習で巧みに隠蔽していく様は悪漢小説的に面白い。心理試験を見越してそれをかいくぐっていくのも見事だが、気を抜いたところで明智にしてやられるのも面白い。


『赤い部屋』は自分が犯してきた間接的な殺人の数々を聞かせていき、100人の殺人の最後に自分を選んだという演出をする。ここまでがオチのようでいて、実はそれまでの話はすべて演出でしたという二段構造が見事。客の視点から始まるために読者も客になったかのように感じ、そのオチが効いてくる。そして赤い部屋の赤い演出が解除されていく瞬間は、異常から正常、非日常から日常に戻されていく切なさのようなものも感じて、なんとも言えない気分が味わえる。


『屋根裏の散歩者』では、明智のコメディ的な行動がちょっと楽しい。この小説の味わい深いのは最後の一文だろう。無意識下での嫌悪が行動に出てしまうというのがなんとも面白い。


人間椅子もまた二段構造のオチが仕込まれている。一つは読み手の椅子、つまり女性作家の椅子の中に椅子職人が隠れて生活していたということに対する恐怖心。そして真のオチが追伸で送られてきた手紙の内容。実はこれは「私」の新作の小説でした、というもの。いまではまるで夢オチで批判されかねないが、オチの切れ味は抜群だ。なんともスッキリする読後感がある。


そして『鏡地獄』。これは球体の鏡の中に入ったらその鏡像はどのように見えるのかという疑問から生まれた小説。鏡狂の男はそれを実験して狂ってしまったのだが、人間の興味が狂気になり、やがて恐怖に変わる様子は見事。


最後に『芋虫』。これは最後の場面が印象的な小説。古井戸にぽとりと落ちる夫の姿は、非常に文学的で切ない。唯一の知覚である視力を奪ってしまった妻の後悔と、夫の「許す」という言葉の想いや愛情は、機会な設定の中で純粋さを持っていて、綺麗なまとまりがある。ラストとしては良いフェードアウトを演出しているかもしれない。

 

乱歩のオチの演出はどの作品を見ても秀逸で、不思議な読後感の残るものが多いかもしれない。それもまた彼の作品の魅力だろう。

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