哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂

推理小説やSFのレビュー・書評・ネタバレ解説・考察などをやっています。時々創作小説の広報や近況報告もします。

森博嗣 『 すべてがFになる THE PERFECT INSIDER』 レビュー/後半でネタバレ

 

すべてがFになる (講談社文庫)

すべてがFになる (講談社文庫)

 

 

 すべてがFになる THE PERFECT INSIDER

孤島のハイテク研究所で、少女時代から完全に隔離された生活を送る天才工学博士・真賀田四季。彼女の部屋からウエディング・ドレスをまとい両手両足を切断された死体が現れた。偶然、島を訪れていたN大助教授・犀川創平と女子学生・西之園萌絵が、この不可思議な密室殺人に挑む。新しい形の本格ミステリィ登場。

 レビュー

 先日テレビドラマ化した本作『すべてがFになる』だが、ミステリファンの中ではもともと有名なシリーズの一作目。全10作あることから避けられがちではあるが、ミステリファンならいつか読むことになる一作と言ってもいいだろう。

 

そんなわけで実は数年前から本棚に眠っていたのだけれど、今期にドラマ化されるという話を聞いて予定を繰り上げて急いで読むことにしたのだけれど妙に時間がかかってしまい、まあなんとかドラマで『すべてがFになる』の回をやる前の週に読み終えたという感じ。多分ドラマ化がなければ来年以降に読んでいたはずだろうと思う。ハマってしまって続きを読みたくなってしまうといつになっても本棚の眠った小説たちが減らないので……。

内容は非常にスッキリとしたもので難解さはない。読後感もよく構成美は際立っていて、さわやかに、印象的に、本を閉じることができる。こういう綺麗な小説は大好きで、懸念していたとおり続編も読んでみたくなってしまった。とはいえドラマで続編の半分はネタバレされるわけなのでそこまで続きを早く読みたいという気持ちは大きくはなかった。ドラマを見なければきっともう2冊目3冊目と購入していた感じはする(笑)
 
少々ドラマは批判対象になっているようだが、他の原作ありドラマを幾つか思い浮かべてみると、そう悪い出来ではないと僕は思う。むしろ限られた尺の中で非常にうまくやっているのではないだろうか。とはいえ、やはり原作である小説はドラマよりクオリティは断然高い。厳密には現時点でドラマは『すべてがFになる』を原作としたエピソードに入っていないのであまり正確な感想とはいえないのだけれど。
 
ネタバレは一番下でやるとして、最小限の、読むに際して問題ないレベルのネタバレをするならば、この物語は犀川、萌絵、四季の物語であって、三人の成長と変化、始まりの物語である……と、ここまでかと思う。読まないと意味は解らないだろうけれど、シリーズ1作目しか読んでいない僕でもそれは感じられた。時系列も執筆時期も始まりではないのだけれど、でも確実に一作目であるべきであって、やはり始まりの物語なのだろうと思う。成長と変化というのは次回以降の作品を読まないことには確信はないけれど、作中だけでも感じ取れる部分だ。トリックや、題材、展開、キャラクター、すべて一流で魅力的で綺麗な作品だけど、多分テーマは三人の心の変わり方にあると思う。だからミステリとして読むだけでなく、普通のストーリー小説として読んでもいいのかもしれない
 
しかし、ミステリである以上、パズルのようにも読むことはできる。僕は犯人を当てに行くのが趣味なので当然そういう読み方も同時にしていった。ところが少々専門知識に阻まれてしまってうまく行かなかった。理系ミステリと呼ばれているのでやや不利であったと思う。
ただ、だからといって難しいかというとそうではない。ここに出てくる理系知識が難しくて訳が解らないという人は、たぶん普通の大衆小説を読んでも解らない部分が多いんじゃないかとは思う。目に見えて解らないところはなくても描写を読み損ねている箇所がある人だと思う。平常に漏らさず事無く一冊の小説を読めるならば、本作の専門知識は作中の解説で十分読めるようになるはずだ。
もちろん犯人を当てに行くならば作中の解説内容を既に知識として持っていなければいけないので話は別なのだけれど、そういう読み方をしないのならば、何の準備もなく読み進めて問題ない。必要な説明はすべて作中の登場人物がしてくれる。京極夏彦瀬名秀明の方がよほど難しく、理系ミステリと呼ばれはしても、テーマがその方面であるだけで理系しか読めないような内容では決してない。むしろ文系のほうが新鮮でハマってしまうのではないかと思うくらい。
 
キャラクターもなかなか面白い。探偵役に当たる犀川創平は研究者だ、煙草やコーヒーに関するこだわりや、学問に対する思いなどが、随所に出てくるが、これが面白い。西之園萌絵はワトソン役だが、従来のワトソン役よりも遥かに頭脳明晰だ。他の小説なら探偵になってしまう(笑)だが、彼女よりも天才的なのが犀川である。そして更なる天才が真賀田四季だ。彼女もかなり面白い人物である。天才が天才であるが故に抱える様々な要素がこのキャラクターを魅力的にしている。
 
ミステリとしても上質な部類に入る。京極夏彦百鬼夜行シリーズに近い構成であり、そもそも作家としての性質において、森博嗣京極夏彦はかなり類似する。これは解説の瀬名秀明も指摘しているところだ。謎が謎のまま累積し最後に一つ終息するというような部分もそうだが、視点の違いが謎を創出しているという部分がまさに近似する。Aにとっての「普通」がBにとっては普通ではなく、Cにとっては部分的に普通であって、Dにとっては認識すらできず、Eにとっては別の「普通」として見える、この時それぞれの普通が時によって「謎」に変わる。こういう性質を使っているのが両者のミステリだと思う。本作も謎は謎ですらない。人の認識がそれを謎にする。だから答えが判った時に驚くし、感動するし、面白いと感じる。ミステリ的ではあるけれど、意外なトリックや意外な犯人よりも、トリックアートの答えを指摘された瞬間のような不思議な面白さがあるのが特徴だろう。タイトルの意味が解り、全てが明瞭になった時に、脳のすべての細胞が活性化するような感覚がある。
そういう面白さが、ミステリ界において重要なピースになっている本作の魅力的な部分かなと思った。
 
テレビドラマではどう描かれるか分からないけれど、ちょっと楽しみではある。原作のほうがきっと良い作品だけど、ドラマはドラマでそれならではの良い点を出して作られていることを願う。
 
この下ではすべてがFになる」「7が孤独」「BとDも孤独」の意味、事件の全貌もネタバレします。ご注意を。
 
すべてがFになる (講談社文庫)

すべてがFになる (講談社文庫)

 

 

ネタバレ

 
さてここからはネタバレ。
犯人は真賀田四季であり、真賀田未来であり、新藤清ニであるわけだけれど、正直小説を読んでしまえばスッキリ理解できるのでここで改めて説明するのは気が引ける。かえって混乱するかもしれないので。ただ不思議なことに概要でもネタバレを観たいという人はいるし、既読の方も他の読者の説明を読みたかったりするものだ。僕も後者の癖がある(笑)感想や解説を読むのが好きなんだよね……w
 
さて。
天才プログラマーである真賀田四季は15年前に両親を殺害したとされている。しかし心神喪失であったとして無罪、現在は妃真加島の一風変わった研究所で「誰とも会わずに」こもっている。
これがトリックや事件の全貌に大いに関わる前提。
 
事件は3つ。
まず、真賀田四季が出入口が録画された密室で、殺される。
次に、真賀田四季の妹であるという真賀田未来を迎えに行き戻ってきた所長の新藤清二が殺害される。
そして終盤副所長である山根幸弘もシステムの切り替えを宣言した後に殺害される。
 
この事件を解く鍵は、15年前の両親殺人事件の解決が関わる。
この犯人は新藤清二で、この男と、当時14歳だった真賀田四季の間には子供がいた。妊娠を告げたことを契機に両親は殺害される。真賀田四季はそれを目の前で見ていた。厳密には真賀田四季が刺殺したのだが、四季は全く身動きがとれなくなっておりナイフを握っていた手を新藤がさらに押さえて両親を殺害した。これは15年隠され続ける。
 
つまり閉じこもって生活していたのは真賀田四季とその娘だった。
四季は娘が14歳になったら自分を殺害し、研究所を出るという計画を立てていたが、天才であった四季のその思想は凡人であった娘には理解されなかった。このあたりの四季の動機は非常に我々には理解し難いところではあるが、ここが彼女の誤算だった。
第一の事件は本来真賀田四季が殺害されるはずだったが、娘にはそれができなかった。故に、故に四季は娘を殺害し、自分が研究所の外に出るという計画の変更をする。
なので第一の事件の被害者は娘であったということだ。詳細は割愛するけれど、彼女は誰とも会っていないことをうまく利用して娘と入れ替わった。
では四季はどこに消えたのか。
出入口を記録する動画は、パソコンによって管理される。四季は7年以上前に真賀田研究所の管理システムである「レッドマジック」に時間をカウントさせるスクリプトを仕込んでいた。大雑把に説明するので正確なものではないけれど、コンピュータの時間のカウントは16×16×16×16までカウントできる。0から数えて65535だ。16進法では0~15までを一桁で表す。しかし10~15までは10進法では2桁になるので代わりにアルファベットを当てる。つまり0123456789ABCDEFとなる。これが4桁に至る。つまりすべての桁が「F」になる瞬間、システムが意図的にプログラムされていた「誤作動」を起こすように仕組まれていた。
これによって記録の時計が1分遅れるように設定されていたことが、密室を崩したトリックになる。
 
出入り口の様子を記録した動画は、1分単位で時間をファイル名にして保存されており、1分の遅れが修正されるときに、同じファイル名の記録が2つ生じる。当然同じファイル名のファイルは新しいほうが古い方を上書きする。これによって一分間の空白が生まれる。この1分で真賀田四季はエレベーターで所長室に向かい、新藤所長の名前で「真賀田未来」という四季の妹を連れてくると連絡する。
そして真賀田四季は共犯関係にある所長を殺害し「真賀田未来として登場する」。これがトリックの全容になる。解りにくい説明になってしまっているが、こればかりはこう短い文でまとめるのは少々困難だ。
 
山根幸弘の殺害は単純だ。動機はシステムの切り替えを試みようとしたから。これによって外部との連絡が可能になり警察が早く到着してしまうため、殺害された。警察が来てしまうと四季が島から脱出できなくなってしまうので。
 
研究所を出た真賀田四季は、島にキャンプをしにきていたが先に帰ることとなった犀川研に紛れて島を脱出した。これは犀川がすべての謎を看破した時には既に成されていたことであり、真賀田四季はその天才的計画によって逮捕されることなく逃げ果せることになる。
 
ちなみに、これは冒頭の真賀田四季(喋ってるのは娘だけれど)と西之園萌絵の会話がヒントになる……らしい。
1~10の中で7は孤独。アルファベットならBとDも孤独。という謎かけ。
これがわかればきっと僕もトリックを見破れたと思う。ただ残念ながらド文系の僕にはちんぷんかんぷんだったw
意味は先程の説明でほぼ明瞭になる。
 
1~10の中で、素数であり、自分以外の倍数がないのは唯一7だけということ。さらにABCDEFは10~15だから、BとDは11と13だ。これらも同じく仲間のない数字。
これが解っていれば「すべてがFになる」の意味も解り、トリックも解りやすくなる。
 
さて、事件については疲れたのでこの辺でw
 
面白いのは、一言でまとめるとトリックは「トロイの木馬」になるところかなと思う。真賀田四季が妊娠した状態で自室に入るのはトロイの木馬的であるし、予めプログラムされていた誤作動はそのままトロイの木馬の原理だ。
コンピュータウイルスのような事件であるといえる。
 
 
犀川にとって天才真賀田四季は非常に重要な存在になったのだろうと思う。彼自身、幾つもの「人格」を並列させ拮抗させ、存在させている。これは本当の自分を防衛しているのかもしれないし、自分自身の素直な部分を隠そうとしてるようでもある。これは真賀田四季とよく似ていて、この二人は出会うべくして出会い、お互い成長したのだと思う。その辺りはもしかしたら次作以降でもわかってくることなのかもしれないし、まあ見当違いの見方の可能性もある。
でも犀川は確実に四季に魅力を感じていて、エピローグでは互いが互いに重要な意味を持って捉えていることが判る。
この青春めいた子供のような大人の会話が読後感を良くしているのかも。
西之園萌絵にとっても、真賀田四季は重要なきっかけだ。彼女と出会うことで忘れていた重要な記憶を思い出し成長する。彼女の「両親が目の前で死ぬ」というある種のトラウマを受け入れる準備ができる。犀川への思いや自分の中の感情も落ち着いてくる。
 
四季にとっては人生を変えるための「犯罪」だったといえるだろう。犀川は彼女に「何故犯行に至ったか」を尋ねるが、彼女の答えは判然としない。四季はそれを「自由へのイニシエーション」だという。研究所からの開放という浅い意味ではないだろう。
彼女は天才であるがゆえにあらゆるものに干渉し支配できるが、その逆はどうやってもかなわない。四季曰く、愛されることは他人に干渉されることだという。だから、彼女は事件の痕跡や証拠、ヒントを残した。それを犀川は読み解き、謎を解いた。
究極の干渉は他人に殺されることだという。四季は誰かに殺されたいと思っていたのだろう。娘にはそれができなかった。この先、彼女は自分を殺すために何をするのか、気になるところだ。警察に捕まったように見えて、そうではないようであるし。きっと続編で登場するのだろう。
 
僕はこの小説の主人公は犀川であり西之園であり四季であると思う。そういう意味では単純なミステリではなく、かなり深い意味でストーリーも構成美も優れたミステリだと思う。
 
 

高羽彩 『PSYCHO-PASS サイコパス (0) 名前のない怪物 (角川文庫)』 レビュー/ネタバレなし

 

PSYCHO-PASS サイコパス (0) 名前のない怪物 (角川文庫)

PSYCHO-PASS サイコパス (0) 名前のない怪物 (角川文庫)

 

 『PSYCHO-PASS サイコパス (0) 名前のない怪物 (角川文庫)』

西暦2109年。人間の心理・性格的傾向を数値化できるようになった未来世界。厚生省公安局刑事課に所属し、当時、“監視官”だった狡噛慎也は、“執行官”の佐々山光留と、名門女子高校・桜霜学園の生徒、桐野瞳子に出会う。常守朱が刑事課に配属される3年前、後に“標本事件”と呼ばれ、狡噛が執行官に堕ちるキッカケとなった猟奇殺人事件の真相とは―。本書でしか読むことのできない書き下ろしショートストーリーも収録。


レビュー

PSYCHO-PASS サイコパス (0) 名前のない怪物 (角川文庫)』という本作はアニメ『PSYCHO-PASS』の外伝的な作品で、文字通りエピソード0に当たる物語になる。小説単独では話がほぼ解らないのでブクログの星は4つにしたのだけれど、アニメも込みなら非常に面白い作品だと思う。

 本編で触れられていたが内容は不明だった標本事件の真相が描かれているノベルズでアニメが面白かったという人は読んで損はないと思う。狡噛の成長と佐々山の人間性は小説でしかわからない。

特にタイトルの「名前のない怪物」は非常に内容をうまく表してる。

ミステリとして読んでもそれなりに面白い。舞台が100年近く未来なので、独自のルールが敷かれた世界でのミステリだ。どちらかというとサスペンスというのが正しいのだろうけれど。
アニメを見ているとキャラクターのその後を知っているので色々と楽しくなったり悲しくなったり、想像が膨らむ。
猟奇殺人系のミステリはどこか現実から離れていて、面白い。せっかく小説を読むならば、リアリティのあるものに熱中するか、逆に今作のようなSFや猟奇系の事件を追う刑事物なのを読むのが楽しかったりする。
もう一度アニメ1期を観直したくなる一冊だった。アニメ本編のノベライズも上下巻であるらしいのでそのうち読んでみたい。

PSYCHO-PASS サイコパス (上) (角川文庫)
 
PSYCHO-PASS サイコパス (下) (角川文庫)
 

 今はアニメ2期をやっているのでそちらも楽しみ。

この小説にも出てくる「マキシマ」こと槙島聖護もよかったが、2期のカムイもなかなか興味深いキャラだと思っている。

 

 

【学生アリスシリーズ】 有栖川有栖 『双頭の悪魔』 レビュー/後半でネタバレ

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

 

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

四国山中に孤立する芸術家の村へ行ったまま戻らないマリア。英都大学推理研の一行は大雨のなか村への潜入を図るが、ほどなく橋が濁流に呑まれて交通が途絶。川の両側に分断された江神・マリアと、望月・織田・アリス――双方が殺人事件に巻き込まれ、各各の真相究明が始まる。読者への挑戦が三度添えられた、犯人当ての限界に挑む大作。


レビュー


前前作『月光ゲーム』、そして前作『孤島パズル』同様、今作も非常に面白い。ミステリのレベルとしては前2作を大いに上回ってるかもしれない。個人的には、純推理ものとしては最高の出来だと思った。

前々回のレビュー(【学生アリスシリーズ】 有栖川有栖 『月光ゲーム―Yの悲劇’88』 レビュー(ネタバレなし) - 哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂)及び、前回のレビュー( 【学生アリスシリーズ】 有栖川有栖 『孤島パズル』 レビュー(ネタバレなし) - 哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂)でも、僕の個人的な謎解きの勝敗について書いたけれど、今回もその例に従って結果を振り返りながらレビューしたい。

警告文のあとでネタバレします。

 

個人的に少々思い入れがあるのは、発表年が1992年ということ。どうでもいいんだけれど、僕と同い年の小説だったり……ほんとどうでもいいなこれww

さてさて、まず、この小説前2作より分厚いです。そしてエラリー・クイーンに倣った恒例の「読者への挑戦」がなんと3回もあるという、非常に楽しみがいのあるミステリだと思う。

なぜ3つも挑戦が仕込まれているかというのは、この推理小説の舞台設定にも起因します。

 

前作『孤島パズル』にて心に傷を負ったマリアは、家出にも近い一人旅に出てしまい、物語はマリアの父親が英都大学推理小説研究会の面々に娘を連れ帰ってほしいと頼むことから始まる。

マリアが滞在しているのは高知県の山奥にある木更村。この村は芸術家が芸術のためだけに集まり外界との接触を最低限に制限している村となっている。行き来するためにはただひとつの橋を渡る他ない。アリス、江神、織田、望月は、マリアに会うために木更村に隣接する夏森村に向かう。

そこでマリアと会おうと試みるもとある誤解によって木更村の住人に追い返されてしまう。義憤に駆られた面々は雨と闇夜に乗じて潜入を試みるのだが、大雨に見舞われ橋が落ち、木更村と夏森村が分断されて孤立してしまう。そして江神のみが木更村に、アリス、織田、望月は夏森村に分かれることとなる。

電話も繋がらないという互いに何が起きているか把握できない状況の中、両村でそれぞれ殺人事件が起き、マリアと江神、アリスと織田と望月は、それぞれ推理によって事件の解決を試みる。

 

と、概要を書くだけでこの長さ(笑)

当然ながら、前作まで語り手であったアリスは夏森村にしかいないので、本作は夏森村での出来事はアリス、木更村での出来事はマリアがそれぞれの視点で語る構成になっている。

交互に彼らの視点が切り替わっていくという構成が非常にテンポが良く面白い。事件と推理が進んでも飽きが来ずに読みやすくなっている。

相変わらずの仄かな青春要素もあり、面白かったりするんだけれど、新鮮だったのが夏森村での推理。このシリーズはワトソン役的な人物が非常に多い。英都大学推理小説研究会、通称EMCのメンバーがほぼワトソン役であり、江神さんが最年長であり部長であり、そして探偵である。しかし、今回は分断されているので、江神さんは木更村にしかいない。

まず木更村に関しては孤島パズルによく似た雰囲気だった。江神さんが推理を進めていきいつもどおりに真相に迫っていく。

新鮮なのは夏森村での面々、全員ワトソンなのに推理しなきゃいけないのだ(笑)

これが安定感のある木更村とは違ってかなり一般読者に近い視点で推理を進められるポイントで面白い。旅館であーだこーだと推理合戦を繰り広げ、失敗しては立ち直り、そしてやはりだんだんとではあるが真相に近づいていく。この様は名探偵が不在であるからこその面白みがある。

今回はアリスがなかなかのキレを見せていて見どころの一つだろう。

個人的には、木更村の語り手マリアが、自分の内面と戦っていく様も良かったと思う。殺人事件で傷ついた心が癒えかけたところで再び殺人事件に巻き込まれたのだから、やはりそのあたりの絶妙な描写は作品に緩急が付いてよかった。

 

さて、3つの「読者への挑戦」に話を戻したい。

これが難易度としては月光ゲームと孤島パズルよりややわかりやすい程度の謎が中ボスのような感じで相次いで発せられる。非常に技巧的でシンプル、判ってしまえばなんてことはないが、気づきにくいトリックで構成されている。

そして最後に2つの謎が追加される。これが第三の挑戦。そして全部解ければ晴れて全貌が明らかになるというものだ。3つ目はかなり難しかった。

 

今回、かなり悩んで推理した僕なのだけれど、残念ながら解けたのは第1第2の挑戦だけだった。感想やレビューなどを見て回ってみると成績としては悪くはないようだけれど、いざ答え合わせをしてみると第3の挑戦で提示された謎の真相に何故気づかなかったのだろうという「やられた感」が残る。

久しくミステリで完敗したことはなかったのだけれど今回は負けを認めざるをえない。

推理小説としては指折りのクオリティであり、純粋なミステリでは今まで読んだものの中で最も感嘆した作品だった。文句なしの最高得点。

また、後半に至って、このシリーズ全体に関連するような設定も明かされたりする。正直なところ、その部分を読んで、まだ完成していないこのシリーズを最後まで必ず読もうと決意した。

そんな気になる話も出てくるし、ラストの「対決」とも言える江神さんと犯人の対峙とその結末は最大の見所かと思う。

 

徹夜本にしてみようとは言えないボリュームだったりするけれど、決して一気読みができないような内容ではない。テンポは非常に良いので、読んでいて楽しい推理小説だろう。ぜひ、この巧妙な殺人の謎を解いてみてほしい。

さて、ここから下ではネタバレのありで、感想を書いていきたい。

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

 
月光ゲーム―Yの悲劇’88 (創元推理文庫)

月光ゲーム―Yの悲劇’88 (創元推理文庫)

 
孤島パズル (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

孤島パズル (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

 
女王国の城 上 (創元推理文庫)

女王国の城 上 (創元推理文庫)

 
女王国の城 下 (創元推理文庫)

女王国の城 下 (創元推理文庫)

 

 

まず、今回一番印象的だったのは、最後の犯人との対話、推理と罵倒の応酬。

江神さんがここまで熱く戦ったのは今作が初めてだろう。そもそも今回は推理中に関西弁も少なかった気がする。本気感が伝わる犯人の暴露だった。

 

そもそも『月光ゲーム』では火山の噴火で皆が満身創痍、『孤島パズル』ではパフォーマンス的な犯人の特定ではなかった。

今回の『双頭の悪魔』では犯人の指摘、及び犯人による反論という構図があった。しかも事件自体も非常に多層的で、卑怯なやり方であったことも江神探偵の静かな怒りを呼んだといえると思う。

このクライマックスに至ったのは江神二郎の語った過去が幾らか影響しているだろう。彼曰く、

「母親はある種の占いに狂信的に凝っていた。胃癌で死ぬ間際に俺にお告げを遺してくれたわ。『お前は三十歳を迎えずに、父親より先に死ぬ。多分、学生のまま』」

この占いが彼を死の呪縛で縛っているのだと思う。

この母は彼の兄にも二十歳に満たないうちに死ぬという占いを残しており、その兄は19で死んだという。

江神さんはどこかこれを信じていて、人格形成において非常に大きな要素になっているんじゃないだろうか。何にせよ、今後のこのシリーズにおいて、この占いがどう関連していくかがひとつの見所になるんだろうと思う。

 

さて、3つの挑戦について少々。

 

まず「第一の挑戦」である【誰が小野博樹を殺したか】

この事件の犯人を特定する術は、洞窟内で小野氏をどう尾行するかという方法に気づく。そしてそれが可能であったタイミングにアリバイのない者を見つける。というシンプルなもの。

これはまず小野氏が無臭覚症であることを提示された段階で気づいた。香水の匂いがアリアドネの匂いであったというトリック。あとは前作、前前作に倣ってタイムテーブルを把握すればよいだけ。

ただし、無臭覚症の件は非常にさり気なく発覚するので重要なのにもかかわらず見逃す人は多いかもしれない。というのも耳が切られていたり逆立ちしていたり高台に乗せられていたりと、かなり他に注意が行ってしまったりするから巧妙。

もしかしたら最大の障壁は動機がないことかもしれない。


そして「第二の挑戦」である【誰が相原直樹を殺したか】 

 こちらの方が難易度は高い。まずちょっと書いたけれど、江神さん不在の状態なので鮮やかに証拠が集まるわけではなくじわじわと真相に近づいていくので、発想の転換がタイミングとして困難。

右肩を痛めていた相原氏が後ろポケットにメモを入れることは困難ということに気づきさえすれば、かなり前進する。封筒の中に封筒を入れるというトリックは犯人に目星がつけば比較的わかりやすい。

ただしこれも動機の無さが真相にたどり着きにくくしている。

 

最後の「第三の挑戦」。これは難しい。

まず殺人についての謎と事件の全体像についての謎の2つが挑戦に含まれる。

【誰が八木沢満を殺したか】については完全に発想がモノを言う仕掛けの巧妙さがある。マリアが不審な音を聞かなかったことが逆に不自然であると気づくのがかなり難しい。これがこの殺人において僕が解けなかった謎だった。プラスの証拠というよりはマイナスであることが証拠になるという巧妙すぎる作者のトリックだと思う。

全体の構図が交換殺人であることは、実は僕は早々に気づいていた。なので前の2つの挑戦で動機の不在がネックにはならなかった。……が、かなりしんどかったのは交換殺人の仲介者が存在したということ。2人の殺人者だけでなく彼らを操る黒幕がいるということには気づかず、八木沢満の死にはかなり面食らった。

言ってみればここが最も僕がテンションが上ったところかもしれない。

「ミツル」の香水の瓶が特徴的であったことは地味に思いつかなかった。これがなければ確定の推理ができないので、やはり鮮やかな敗北だった。

 

さて、悔しいが推理は成功しなかったのだけれど、気持ちのいい推理小説だった。解けそうで解けない、思いつきそうで思いつけない、そういうギリギリの面白さが究極的に完成されていて、読んでいて楽しい推理小説だった。

ぜひとも次作、『女王国の城』も読みたいと思う。

2015/09/23 追記:読みました

 

x0raki.hatenablog.com 

女王国の城 上 (創元推理文庫)

女王国の城 上 (創元推理文庫)

 
女王国の城 下 (創元推理文庫)

女王国の城 下 (創元推理文庫)

 
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