哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂

推理小説やSFのレビュー・書評・ネタバレ解説・考察などをやっています。時々創作小説の広報や近況報告もします。

アガサ・クリスティー 『オリエント急行の殺人』 レビュー/後半でネタバレ

 

 

目次

 

 オリエント急行の殺人

厳寒の季節、国際列車オリエント急行は世界各国からの乗客でいつになく混んでいた。一癖も二癖もある乗客たちが作る異様な雰囲気のなか、雪で立往生した車内で、老富豪が刺殺された。名探偵ポアロが腰を上げたが、乗客のすべてには堅牢なアリバイがあった……大胆なトリックで贈る代表作。(解説 有栖川有栖

 レビュー

 

実は読んだのはもう数カ月前。

ちょうど三谷幸喜によるドラマ化で2夜連続の『オリエント急行殺人事件』が放送された頃。

 

実はこのドラマが結構原作に忠実。野村萬斎の勝呂という役もポアロのイメージには合ってると思う。

ただ2夜目は完全にオリジナルで、犯人側からの視点で事件が描かれている。三谷幸喜というとコメディ色が強いイメージではあるけれど、1夜目に関してはちゃんと封印してしっかりミステリになっていた。

 

さて今回はそんなドラマの原作、アガサ・クリスティーの『オリエント急行の殺人』のレビュー。

 

まずこの作品は「意外な犯人」「意外なトリック」で有名。そして『アクロイド殺し』のとき同様、賛否の分かれる作品だ。フェアかどうかという点ではこれもなかなかギリギリの線を行っている。

ただ僕は『アクロイド殺し』もフェアであると思うし、『オリエント急行の殺人』も十分フェアだと思う。

 両作品とも真相にたどり着くための情報が記述されており、作者が直接読者を騙そうとしているわけでもないので、あくまでも登場人物のトリックを見破ればいいのだ。

古典ミステリの部類だが、やはりクリスティーは読みやすい。名作として名を残す作品であるし、これもまた『アクロイド殺し』や『そして誰もいなくなった』のようにいつネタバレを受けてもおかしくないくらいネタバレされやすいので、ミステリファンは早めに読んでおくといいかもしれない。

 
この下からネタバレ 

 

アガサ・クリスティー 『アクロイド殺し』 レビュー・解説/後半でネタバレ解説あり - 哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂

 

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 
アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 

ネタバレ

 
さてここからはネタバレ。
 
物語はポアロが中東での仕事を終え、イスタンブール発カレー行きのオリエント急行に乗るところから始まる。
ちなみにいつもは空いているはずが満席。この時点でこの伏線に気付けると比較的簡単にトリックにも気付ける。

そこでラチェットという男が殺され、その死体には12の傷がある。その傷は様々で深いもの浅いものなど。これも犯人が複数で、かつ12回も傷つける必要性があったことを匂わせます。
このあたりでトリックに気づいていないと多分迷走するんじゃないだろうか。


ポアロは一等車の乗客12人や関係者に事情聴取をするが車掌含め容疑者にはアリバイがあり怪しい人間は見つからない。
しかし現場に残されたラチェットへの手紙から、アームストロング家の娘が誘拐され殺害された事件が、今回の事件に関係があると判明する。

つまり被害者のラチェットはアームストロング事件の犯人であったということが、殺害された理由に当たるとポアロは推理する。


すると次第に、容疑者全員がアームストロングの事件に何らかの形で関与していることが判ってくる。

つまりこの事件は、容疑者がすべて犯人であったという結末なのだ。
アームストロング事件の復讐が動機であり、アリバイが全員に存在したのは全員が共犯であったからである。
だから列車は満員だったわけである。

ちなみに実行犯は12人だが、この犯罪に関係したのは13人である。これもまた一種のミスリードであり、トリックに気づきにくくなる。
解決のために捜査をしていたポアロ一行以外が全員共犯だったというオチは非常に大胆なトリックといえると思う。

そして、それとは別に賛否が分かれるのは、結末として、ポアロはこの事件を警察には引き渡さないのだ。別の解釈を進言し、犯人たちを裁くことをしない。つまり見逃すわけだ。
これは被害者が悪人であったとはいえどうなのだろうか。僕はあまりその辺りに関しては、意見を持っていないのだが、1つのテーマではあると思う。
仇討ちの正当性を取るか、それでも殺人は罪であると取るか、それは読者に委ねられている。

……まあポアロのその辺の思想は『アクロイド殺し』ではもっとすごいんだけどね(笑)
 
アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 
そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 
ABC殺人事件 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

ABC殺人事件 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 

江戸川乱歩 『江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)』 レビュー/後半でネタバレ

 

江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)

江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)

 

 

目次

 

江戸川乱歩傑作選』

 

さてさて、数カ月前に予告したレビューと全く違うレビューを投稿していよいよブログ再開しようかなと(笑)

 

今回は新潮文庫の『江戸川乱歩傑作選』のレビューをしたいと思います。

 

というのも、もう読了した本が何冊もあるので予告通りに投稿することも可能なのだけれど、今期のアニメで乱歩奇譚 Game of Laplaceという江戸川乱歩の没後50年を契機にしたアニメが放送されているので、時期的にここにこの記事を置くのが良いかと思いって。

まあ、このアニメは江戸川乱歩原作ではなく、あくまでも乱歩の作品を複数「原案」として用い、「設定を現代に移した」オリジナルアニメ作品とのことなので、1話を見る限りでは乱歩ファンがニヤリとするような設定がちょいちょいあるくらいでストーリーはほとんど違うものになってるようだ。

 まず江戸川乱歩のデータを少々。

 

江戸川乱歩(1894-1965)本名平井太郎三重県名張市生れ。早稲田大学政経学部卒。日本における本格推理、ホラー小説の草分け。貿易会社勤務を始め、古本商、新聞記者など様々な職業をへた後、1923(大正12)年雑誌「新青年」に「二銭銅貨」を発表して作家に。主な小説に『陰獣』『押し絵と旅する男』、評論に『幻影城』などがある。1947年探偵作家クラブ(後の日本推理作家協会)の初代会長となり、1954年江戸川乱歩賞を設け、1957年からは雑誌「宝石」の編集にたずさわるなど、新人作家の育成に力をつくした。

 

一応どれくらいの時代の人の作品なのか分かっていたほうがいいでしょう。思ったよりずっと読みやすいから、下手すると時代感覚が微妙にぶれたまま読み進めることになる人もいるのでは、と思った。それくらい読みやすい。

ちなみに乱歩はプロデューサーとしても優秀な人で、あの筒井康隆も乱歩に認められ夜に出た作家の1人。実は今偶然にも『旅のラゴス』読もうとしててびっくり。

旅のラゴス (新潮文庫)

旅のラゴス (新潮文庫)

 

 乱歩作品をまとめたものは非常に多く出回っていて、もしTPPとかの影響で著作権保護の期間が70年に決まったりしなければ、乱歩作品は著者の没後50年を迎えるので、青空文庫等で読めるようになることになる。ただし雲行きは怪しいけれど(笑)

 

まあそこまで気にせずとも、図書館や大きい本屋には間違いなく置いてある乱歩作品の収録本。ちなみに新潮社の、今回紹介するこの短篇集に関しては小さい本屋でも置いてあることが多いんじゃないだろうか。

 

そんな江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)』収録作品は以下の9作になる。

 

二銭銅貨
二癈人
D坂の殺人事件
心理試験
赤い部屋
屋根裏の散歩者
人間椅子
鏡地獄
芋虫

 

乱歩作品でパッと思いつくものはかなり多く入っていそう。

ちなみに僕は恥ずかしながら今回が初乱歩でした。

 

名前と作品のあらすじくらいならいくつか知ってるんだけれどね。

厳密には小学生の頃にこの短篇集は読んだ気がするんだけど記憶は全くない。もしかしたら人生初読書はこの本だったかもしれないなぁ。

どうでもいい話なんだけど、これ、2013年7月に新潮文庫の夏の企画で取り上げられてその期間だけカバーのデザイン変わってたりする。僕がこの本を買ったのはその時期でそのカバーがやや謎多きカバーなんだよね。

https://instagram.com/p/4_jT5NO0Yj/

ブログ用

 

うーんなぜスイカ

しかもでかい、アップ。

本物のようなリアル志向。

乱歩作品にスイカが登場するものはあるけどこの本には収録されていないんだよねー。まあ、いいか。

 

というわけで本題。

作品の紹介と感想をちょっとずつ書いていきたいと思います。

作品紹介以上のネタバレはしないので。ネタバレ読みたい人は、下に警告文が出てくるので、その更に下にスクロールしてください。

 

二銭銅貨

大金を盗んだ紳士泥棒がつかまった。だが金の隠し場所は白状しない。盗金を追う俄か探偵。彼は謎の二銭銅貨に封じられていた暗号文を見事に解き、まんまと金をせしめたが…。

三上延の『ビブリア古書堂の事件手帖』には確か4巻辺りで乱歩に関するエピソードが多数あって、特に『二銭銅貨』『人間椅子』あたりはネタバレがあったみたいだそうで。僕は読んでいないのでその辺りにも改めてちょっと興味出てきたりする。ドラマ版は観ていたので、二銭銅貨のネタバレは僕も思わぬところでくらってしまったのだけれど(笑)

 さてそんな『二銭銅貨』は1923年に乱歩が発表した短編推理小説で、江戸川乱歩の処女作。乱歩の短編を読むなら最初に読んでおくとなんとなく乱歩のやり方みたいなものがわかりやすいと思う。構成がすばらしく、展開からオチまで楽しめる。

ネタバレがって話をしたけれど、たぶん作中の暗号に関する経過の一部分のネタバレだろうから、実は知っていても知らなくともそこまで差はない。おそらく十分に楽しめるだろう。

また『二銭銅貨』といえば、最初の一文が松本清張をはじめ様々な人に絶賛されているところなので、期待して良いと思う。

ペンネームの江戸川乱歩エドガー・アラン・ポーという世界初の推理小説『モルグ街の殺人事件』を書いた作家から来ていて、ポーもまた暗号を用いた推理小説を書いている。乱歩が傾倒したポーの『黄金虫』はこの作品に少なからぬ影響を与えているだろう。

モルグ街の殺人・黄金虫―ポー短編集〈2〉ミステリ編 (新潮文庫)

モルグ街の殺人・黄金虫―ポー短編集〈2〉ミステリ編 (新潮文庫)

 

 

二癈人

湯治場で出会った井原と斎藤は意気投合する。やがて井原の部屋で二人は茶を飲みながら、井原はふと過去に犯した犯罪について斎藤に告白を始める。そして思いもよらなかった真実が判明する。

 これは非常にオチのキレが良い作品。二番目に配置されていることも高い効果を上げていると思う。おそらくオチに至るまでの流れや叙情などに関してはこれを上回るものが後に出てくるだろう。ただそれらの後にこれを読むのではなく、序盤にこれを読むことで強いインパクトがある。

井原が自分の犯した犯罪について語り、そして「真実」が明らかになるわけであるが、この作品において最も見所になっているのはその真実が明かされた後だと思う。最後の心情描写は秀逸で、読後感の良さに大きく寄与している。


D坂の殺人事件

9月初旬、D坂の大通りにある「白梅軒(はくばいけん)」という喫茶店で冷やしコーヒーをすすっていた「私」は、この喫茶店で知り合いとなった明智小五郎と二人で、偶然向かいの古本屋で発生した殺人事件の第一発見者となる。

 当時の推理小説の常識としては、日本の家屋はポーのモルグ街のような密室を構築できないということだったようだが、そんな常識を破ったのがこの『D坂の殺人事件』である。乱歩が生み出した名探偵「明智小五郎」が初めて小説に登場するのもこの作品だ。

作中に登場するD坂は文京区千駄木の「団子坂」であると言われている。 乱歩はかつてここで古本屋をやっていて、その時にこの小説のネタを思いついたそうだ。ちなみに作中には蕎麦屋も登場するが、乱歩は支那蕎麦屋もやっていたらしい。なんでもやってるな乱歩さん……(笑)

ともあれ、これは乱歩の本格推理モノの1つであり明智ファンには欠かせない作品だ。

テーマとしてはまずは「密室」である。これは先述したようなポーのモルグ街との比較意識があったのかもしれない。

次に「犯罪と心理」である。次に収録されている続編『心理試験』にも引き継がれているのだが、この作品には犯罪と心理学の関係についての描写があり、それがなかなか面白い。


心理試験

貧しい大学生・蕗屋清一郎は、親友である斎藤勇から、彼の下宿先である老婆が金を貯めていることを耳にした。老い先短い老婆より、まだ若くて未来のある自分がその大金を使った方がずっと効果的だ、と考えた蕗屋は、老婆を殺して金を奪う計画を立てる。

 この『心理試験』という作品は僕の中では一番好きな作品だった。いろんな人のレビューを眺めていると、人気どころはやはり『人間椅子』や『鏡地獄』だろうけれど、僕はこの『心理試験』もこの傑作選の中では短編として良くまとまっていると思う。

乱歩作品は「子供向け」「異常嗜好モノ」「本格推理」「幻想怪奇」「エログロナンセンス」など色々と書いているけども、本格推理モノの代表格としてこの作品は傑作だろう。

まあ、本格というのはややずれている可能性もなくはない作品ではあるのだけれど。この作品は倒叙的な推理モノで当時としてはあまりないものであったようだ。しかし、その論理と構成の美しさ、そしてテーマ性、更になにより二人の主役の魅力といった点では本格推理として面白さを持っている。

テーマとしては、丁度一つ前に収録されている『D坂の殺人事件』で取り上げられた「犯罪と心理学」である。これはこの作品が明智小五郎シリーズであることから、続編的な位置にあることを示唆している。前作では具体的には表現されなかった心理的な探偵術ともいえるものが今作では具体的には描写されており、非常に面白い。

そして二人の主役の魅力とはまさに明智小五郎と蕗屋清一郎の魅力のことだが、明智小五郎については前作の時系列では若さが表れており風貌も一般的に知られている明智らしくはなかったが、今作ではみんなが知っている明智名探偵である。その点で探偵としての鮮やかさがより一層感じられるのではないだろうか。

そして僕が気に入ったのは蕗屋清一郎である。この人物は非常に面白かった。まず性格が面白い、頭が抜群に良くてプレッシャーに強く犯罪に対して独自の理論を持っている。冒頭から終盤までずっと引きつけられるキャラクターだと思う。

見所はたくさんあるのですらすら読み進められると思う。


赤い部屋

どこもかしこも赤い会員制クラブの一室に、異常な興奮を求め集まった七人の男。彼らはここに集まり怪異な物語を語り合う。ある日、新入りの会員は自身が極度の退屈よりある犯罪に関心を持ったことを語る。

これはちょっとあらすじが難しいんだけれど、簡単に説明すると、退屈を持て余した男たちが全体が赤く演出された部屋で怪異な物語を語り合う秘密クラブのようなモノがあり、そこにある日新入りの男が入ってきた。新入りは入会するときに話を一つ披露するのが恒例になっており、その男も自身が体験したという奇妙な物語を語り出す。

という感じの内容なのだけれど、これ以上を書いてしまうとネタバレになってしまうので残念ながらあまり紹介はできないタイプの物語だ。

しかし、オチのキレの良さ、物語の求心力は非常に強い。この作品の良いところは始まりの数行に非常に大きなギミックが仕込まれているところじゃないかと思う。視点が聞き手から始まるので、読者もまた赤い部屋にいる客人であるかのように感じることができる。そしてそれが読後感に大きく影響してくると思う。内容も誰もが一瞬頭をよぎったことのあることというか、そういう感覚をうまく表していて面白い。中盤の盛り上げに一つ貢献している収録作かもしれない。 


屋根裏の散歩者

郷田三郎は学校を出ても定職に就かず、親の仕送りを受けて暮らしている。酒、女をはじめあらゆる遊戯に興味を持てず、この世が面白くなく退屈な日々を送り、下宿を転々としていた。そんな郷田は友人の紹介で素人探偵の明智小五郎と知り合い、「犯罪」に興味を持つようになる。

 これも明智小五郎の登場作なのだが、少々明智にしては奇怪な推理をしていたりして面白い。ただ筋は通っているし、最後の一文への収斂は見事。

内容はユニークでタイトル通りだがそのタイトルがまた味わいがあると思う。屋根裏を伝っていろんな部屋を覗き見るという、現代だとどうにもホラーかエロスにしか持って行けなそうな舞台装置だが、乱歩はこれをある性質と結びつけて、乱歩の一つの特徴になるようなキャラクター像を造っている。

『赤い部屋』の語り手もそうなのだが、乱歩は「何をしても興味が続かず、退屈を持てあましすぎて、犯罪に関心を持ち始める」というキャラクターというのが好きだったのかもしれない。乱歩自身も職を転々としていたりして、何をしても退屈してしまうような感覚があったのかもしれない。

実はこの作品は『乱歩奇譚 Game of Laplace』の1話の原案として『人間椅子』と共に挙げられている。乱歩奇譚よ主人公の小林少年はまさにこのような性格のキャラクターだ。これは偶然のはずもなく、当然乱歩作品を原案として扱うのだから、ファンがニヤリとするような、設定として付加されたモノだろう。まあそれ以前に名前が小林少年なのだからこれは言うまでもない。

 

人間椅子

 外交官を夫に持つ作家の佳子は、毎朝夫の登庁を見送った後、書斎に籠もり、ファンレターに目を通してから創作にとりかかることが日課だった。ある日、「私」から1通の手紙が届く。それは「私」の犯した罪悪の告白だった。

 

 先述した人気作であり、乱歩奇譚の1話原案でもある『人間椅子』。これもまたオチへ向けての展開が美しく、オチ自体もキレがある。

人気作なので語りたい部分はたくさんあるのだが、語れば語るほどネタバレするタイプの作品なのでこれ以上は書けない。

ちなみにアニメの物語とは全く違うのでアニメを観ていても何の問題もなく読むことができる。存分に作品に引き込まれてほしい作品。引き込まれれば引き込まれるほど、楽しめる。


鏡地獄

男は幼少期から鏡、レンズ、ガラスに嗜好を持っていた。中学で物理学を学び、鏡の魅力に取りつかれた男は、庭に実験室を建築し、そこで異様な実験を行い始める。

これも大変人気の高い作品。これをアニメ原案にしないのは間抜けすぎるので、きっと今後アニメで原案として用いられるだろうと思う。

内容はシンプル、幼い頃からレンズや鏡を好んでいた少年は、その後物理学を学ぶようになり、狂気ともいえるようなレンズ狂、鏡狂になっていく。そんな男の友人の語りで物語は進む。

鏡やレンズは、特に男子ならば一度は関心を持ったことがあるんじゃないだろうか。確かに魅力的な小道具だと思う。しかしこれをある種の幻想的な、怪奇的なホラー作品にできるのは乱歩ならではかもしれない。

何しろ乱歩自身が恐怖を感じた事柄を元にこの作品を作っているそうなので、ネタを膨らませる創作力は流石のものである。

この作品は関心→狂気への流れが非常によく描写されていて、推理ではなく文学に近い作品だ。乱歩らしい感性の見える作品だった。


芋虫

 傷痍軍人の須永中尉を夫に持つ時子には、奇妙な嗜好があった。それは、戦争で両手両足、聴覚、味覚といった五感のほとんどを失い、視覚と触覚のみが無事な夫を虐げて快感を得るというものだった。

 さてラスト。実は僕はそこまで好みじゃなかったんだけれど、文学的な良作で、なんというかこの傑作選の中では毛色の違う一作だ。

というのもこれだけ発表時期が大きく違っていて、ほかの作品は比較的初期の乱歩なんだけれど、これはかなり後になってからの作品。

乱歩には反戦の意志があったわけじゃないけれどたまたま作品がそういう内容としても受け取ることができてしまうせいで、右翼からは叩かれまくり、戦時中は伏せ字ばかりになってしまい発禁にもなってしまった異様な作品ではある。左翼には喜ばれていたらしいというのがまた面白い。

文学として見るのがやはり妥当で、一種の恋愛小説だ。五感をほぼ失った夫と、その妻。夫は段々と原始的な欲求に縛られていき、妻は夫に支配的な欲求と喜びを感じ、異様な愛の形として成立してしまっている。

そんなある日に事件が起こるわけであるが、終わり方はなんとも悲哀に満ちた、印象的なものになっている。

ラストの描写は強く記憶に残ると思う。

 

まとめ

という感じで、収録された全作品について簡単にレビューしました。ネタバレでこの後にちょっとだけ追加するけれど、なかなかまとめていて面白かった。
乱歩作品はやはり世界観を楽しむのが良いと思う。気味の悪さや幻想的な雰囲気とか叙情的な描写とかスリルのある舞台とかそういう一つ一つの個性が非常にまとまりのある空気感として読者に伝わるのが面白い。
キャラクターも癖があって面白く、犯人や脇役も、主役のように目立っていて楽しい。
乱歩という作家を知るには良い短編集であり、まさに傑作選といった内容だった。

できれば、今後『パノラマ島奇談』『陰獣』『孤島の鬼』『黒蜥蜴』あたりの代表作も読んでみたい。

 

↓この下からはネタバレがあるので注意!

 

江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)

江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)

 
江戸川乱歩傑作選

江戸川乱歩傑作選

 

 

 ネタバレ

さてネタバレ。

まずは二銭銅貨だけれど、これは凄いキャラクターが出てきて、でも実は更に凄い人物がいたと後から明かされるパターンの展開になる。友人は勝ち誇って推理を披露するが、実はそれを仕組んだのは主人公であって、すべて主人公の手の内だったというのがオチだ。これは実に鮮やかで、スッキリするような読後感があった。


次に『二癈人』。これは夢遊病がテーマの作品で、当時では珍しいものだったのかもしれない。夢遊病で人を殺してしまった主人公が、後年出会ったのが見た目もひどく変わってしまった友人だった。そして主人公は実は人殺しなどしておらずその友人が主人公の幼い頃の寝言癖などを利用して夢遊病であると思い込ませ殺人を自分がやったかもしれないと思わせていた、というオチ。
オチ自体は実にシンプルだが、それを示唆されたときの主人公の心情描写は実に細やかで素晴らしい。


『D坂の殺人事件』。これはやや犯行動機が論理性に乏しいが、『モルグ街の殺人事件』を念頭に置いているのなら自然かもしれない。サディストとマゾヒストが近所に住んでいてお互いの存在に気づき、その関係が行き過ぎて死に至ったというのは実に突飛だがなかなか面白い。明智が最初は疑われるというのも、当時の読者からすると本当に乱歩に騙されていたかも。現代の我々としては明智が犯人になり得ないのは自明で、少々展開が読めてしまうところはある。


さて『心理試験』について。これはやはり主人公の蕗屋が面白い。犯した犯罪について綿密な予定と練習で巧みに隠蔽していく様は悪漢小説的に面白い。心理試験を見越してそれをかいくぐっていくのも見事だが、気を抜いたところで明智にしてやられるのも面白い。


『赤い部屋』は自分が犯してきた間接的な殺人の数々を聞かせていき、100人の殺人の最後に自分を選んだという演出をする。ここまでがオチのようでいて、実はそれまでの話はすべて演出でしたという二段構造が見事。客の視点から始まるために読者も客になったかのように感じ、そのオチが効いてくる。そして赤い部屋の赤い演出が解除されていく瞬間は、異常から正常、非日常から日常に戻されていく切なさのようなものも感じて、なんとも言えない気分が味わえる。


『屋根裏の散歩者』では、明智のコメディ的な行動がちょっと楽しい。この小説の味わい深いのは最後の一文だろう。無意識下での嫌悪が行動に出てしまうというのがなんとも面白い。


人間椅子もまた二段構造のオチが仕込まれている。一つは読み手の椅子、つまり女性作家の椅子の中に椅子職人が隠れて生活していたということに対する恐怖心。そして真のオチが追伸で送られてきた手紙の内容。実はこれは「私」の新作の小説でした、というもの。いまではまるで夢オチで批判されかねないが、オチの切れ味は抜群だ。なんともスッキリする読後感がある。


そして『鏡地獄』。これは球体の鏡の中に入ったらその鏡像はどのように見えるのかという疑問から生まれた小説。鏡狂の男はそれを実験して狂ってしまったのだが、人間の興味が狂気になり、やがて恐怖に変わる様子は見事。


最後に『芋虫』。これは最後の場面が印象的な小説。古井戸にぽとりと落ちる夫の姿は、非常に文学的で切ない。唯一の知覚である視力を奪ってしまった妻の後悔と、夫の「許す」という言葉の想いや愛情は、機会な設定の中で純粋さを持っていて、綺麗なまとまりがある。ラストとしては良いフェードアウトを演出しているかもしれない。

 

乱歩のオチの演出はどの作品を見ても秀逸で、不思議な読後感の残るものが多いかもしれない。それもまた彼の作品の魅力だろう。

新年のご挨拶とおすすめの小説

 

http://instagram.com/p/xRsrg5u0b6/

 

新年あけましておめでとうございます。

去年、アメブロから引っ越してきたはてなブログですが、やはり使いやすい上にはてなブックマークとの相性が良くていいですね。今年も書評・レビュー・感想を中心にブログを更新していけたらと思います。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

……と挨拶はこの辺にしまして、簡単に近況報告をして、新年に読む小説のおすすめなんかをしようと思います。近況報告は身内向けなので小説のおすすめまで飛んでいただいて結構ですw

 

近況報告

 

まず去年は一見色々あったようで、話そうとするとあまり話すことが無かったり。

初就活、初一人旅、そして内定に卒論制作とはじめての経験がとても多い一年でした。

ユウナ(リリコちゃん)にはずっと応援してもらったりしていてとても励みになりました。今年は色々お礼がしたいな。

 

さて今年はとりあえず、卒論を完成させて、やりかけのゲームと創作と読書を楽しみたい……w

2月以降は入社に向けて準備をして、あとは卒業旅行でハワイに行く予定なのでその準備をしたいかな。

 

そんな感じで今年も楽しくやっていきたいと思います。

 

近況はこんなところで、小説の紹介で終わりたいと思います。

 

おすすめの小説

 

新年とか正月に合わせるんじゃなくて、単純に去年読んだ小説からおすすめを紹介する感じで行きたいと思います。

去年は25冊の本、6冊の電子書籍、1作のノベルゲームを読んだのですがその中から3作品とその関連作を紹介します。

ホントは5作にしたかったんだけれど、ちょっと多いかなと思ったので軽く触れておくと、今回おすすめしたい小説を5つあげるなら4位と5位は有栖川有栖の『闇の喇叭』、深町秋生の『果てしなき渇き』でした。『すべてがFになる』も悩んだんだけどね。この二冊は今回紹介しないけれど、どちらもおすすめの小説ではあります。興味があればぜひ。

 

さて、では新年おすすめの小説、三冊はこちら!

 

デカルトの密室 (新潮文庫)
瀬名秀明

デカルトの密室 (新潮文庫)

デカルトの密室 (新潮文庫)

 
デカルトの密室 (新潮文庫)

デカルトの密室 (新潮文庫)

 

 

ヒト型ロボットが実用化された社会。ロボット学者の祐輔と進化心理学者の玲奈は、ロボットのケンイチと共に暮らしている。三人が出席した人工知能のコンテストで起こった事件から、悪夢のようなできごとは始まった。連続する殺人と、その背後に見え隠れする怜悧な意思が、三人を異世界へ引き寄せる――。人間と機械の境界は何か、機械は心を持つのか。未来へ問いかける科学ミステリ。

読了当時のレビュー

 面白かった。久しぶりにテンション上がりっぱなしだった。哲学は人を狂わすほどに面白くて、やめようと思ってもやめられない究極的な快楽だと思う。瀬名秀明のSFの面白さは『パラサイト・イヴ』で判ったのだけれど、『BRAIN VALLEY』ではSFだけでなく哲学の分野でも面白い小説を書くと気付いた。この作品『デカルトの密室』はSFであり哲学であり、そしてミステリでもある。個人的に最も好きなジャンル三つが含まれているのだから当然面白いわけだ。
 こんな文章から、この小説は始まる。
“これは「知性(インテリジェンス)」についての物語だ。なぜこの宇宙に知的な存在が誕生したのか、なぜそのような存在はこの世界を、この宇宙を、そして自分自身のことをもっと知りたいと願うのか、なぜ人々は知能に魅了され、知能に幻惑され、知能の謎に搦め取られて、ときに殺人まで起こしてしまうのか、そういったすべての謎についての物語だ”
 『デカルトの密室』というタイトルを見た時、『我思う故に我あり』という概念の密室性に挑んだんだろうと思った。ずっとこのテーマで物語を書きたいと思っていたのだけれど、実際は難しいというレベルではない。それをこれだけ読みやすい物語に落としこんでいるのは見事。
 しかし、内容はデカルト劇場の密室だけではない。人間は三つの密室に閉じ込められている。一つは身体。物理的な制約の密室。次に自我。思考する〈私〉を知覚することはできない。そして最後に宇宙。宇宙を認識することは何故可能なのか、認識するから宇宙があるのだとすればそれは観測者を含めて宇宙なのではないか。この三つの密室を巡って起こる事件と思考。そのための舞台として提示されたテーマはロボットと人間。ロボットと人間の違いは何か、考えるロボットが在ったとしてそれはいかにして判別できるのか、人間の自由意志とは何か、ロボットの自由意志とは何か。
 まさに知性へ挑んだ物語だった。答えのない哲学に限界まで挑んだ物語として読み応えのある小説だと思う。

 

この小説の面白いところは、思考実験のような本来難しい行為を小説を読みながら体感できるところにある。そして物語自体も非常に面白い。

SFと哲学がいかに近い領域であるかが判り、そしてミステリとの相性もよいことが判る。

あまり知られていない作品だからこそ挑戦してみてほしい小説。

今年は、僕も続編である『第九の日』を読みたいと思う。

第九の日 (光文社文庫)

第九の日 (光文社文庫)

 

 

 

 

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)
伊藤計劃

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

 
虐殺器官 ハヤカワ文庫JA

虐殺器官 ハヤカワ文庫JA

 

 

9・11以降の、“テロとの戦い"は転機を迎えていた。
先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。
米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その混乱の陰に常に存在が囁かれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう……
彼の目的とはいったいなにか? 大量殺戮を引き起こす“虐殺の器官"とは?
ゼロ年代最高のフィクション、ついに文庫化。

読了当時のレビュー

これはなかなか説明の難しい小説だと思う。個人的には高評価だし、良かった。読みながら、色々と考えることもあった。短い小説だし、図書館にもあるから、気になったらサクッと読んでしまって、その後で「良かった」とか「普通だった」とか「読む程でもなかったとか」とかそんなことを思えばいいかなと、珍しく「考えないで読んでみたら」という感じの感想を持った。
まず、サクッと読んでしまって、などといえるのは内容が凄まじく濃厚であるにもかかわらず文体は非常に軽やかで読みやすいというところにある。内容が無理じゃなければスラスラ読むことができる。
内容は近未来、テロとの戦いが現代とは少し変わった未来。明示されてはいないけれど、ほんとにそう遠い未来じゃない話だというニュアンスだったように思う。2025年か30年か、そのあたりか。
ネタバレ無しだと非常に難しいのだけれど、この物語は現代人が過去から脈々と受け継いできた幾つかの根深い矛盾とか葛藤をテーマにしている。その手法として、現代よりも進んだ科学だとか、テロと向き合うために変化してきた世界の有り様を用いている。そういった現代を超越したSF的な道具を使うことで現代的なテーマを浮き彫りにしているという感じ。
タイトルからは想像できない繊細さのある小説で、一人称視点だということが大きく鍵になる。
ネタバレになるのでこれがどういう意味なのかは書けないのだけれど、これは非常に重要なポイントだと思う。
エピローグは賛否あるようだけれど、個人的には小松左京の評価がある意味では正当で的確だったということを述べた上で、それでもあのラストにすべきだったと思う。
『ハーモニー』の方も、あまり時間を開けずに読んでおこうと思う。ノイタミナでアニメ化されるようなので。

 

これは今年読んでおきたい小説の一つだと思う。というのも伊藤計劃の『虐殺器官』『ハーモニー』『屍者の帝国(伊藤計劃円城塔)』は今年劇場アニメ化するので話題になることが予想されるからだ。

しかしまあ、虐殺器官だけでも非常に面白い。近未来SFとして色々と考えさせられる小説だと思うし、すらすらと読めるのが良い。できれば『ハーモニー』と合わせて読むと、より楽しめるかもしれない。

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

 

 

 

 

双頭の悪魔 (創元推理文庫)
有栖川有栖

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

 

 

四国山中に孤立する芸術家の村へ行ったまま戻らないマリア。英都大学推理研の一行は大雨のなか村への潜入を図るが、ほどなく橋が濁流に呑まれて交通が途絶。川の両側に分断された江神・マリアと、望月・織田・アリス――双方が殺人事件に巻き込まれ、各各の真相究明が始まる。読者への挑戦が三度添えられた、犯人当ての限界に挑む大作。

読了当時のレビュー

前前作『月光ゲーム』、そして前作『孤島パズル』同様、今作も非常に面白い。ミステリのレベルとしては前2作を大いに上回ってるかもしれない。個人的には、純推理ものとしては最高の出来だと思った。

さてさて、まず、この小説前2作より分厚。そしてエラリー・クイーンに倣った恒例の「読者への挑戦」がなんと3回もあるという、非常に楽しみがいのあるミステリだと思う。

なぜ3つも挑戦が仕込まれているかというのは、この推理小説の舞台設定にも起因する。

前作『孤島パズル』にて心に傷を負ったマリアは、家出にも近い一人旅に出てしまい、物語はマリアの父親が英都大学推理小説研究会の面々に娘を連れ帰ってほしいと頼むことから始まる。

マリアが滞在しているのは高知県の山奥にある木更村。この村は芸術家が芸術のためだけに集まり外界との接触を最低限に制限している村となっている。行き来するためにはただひとつの橋を渡る他ない。アリス、江神、織田、望月は、マリアに会うために木更村に隣接する夏森村に向かう。

そこでマリアと会おうと試みるもとある誤解によって木更村の住人に追い返されてしまう。義憤に駆られた面々は雨と闇夜に乗じて潜入を試みるのだが、大雨に見舞われ橋が落ち、木更村と夏森村が分断されて孤立してしまう。そして江神のみが木更村に、アリス、織田、望月は夏森村に分かれることとなる。

電話も繋がらないという互いに何が起きているか把握できない状況の中、両村でそれぞれ殺人事件が起き、マリアと江神、アリスと織田と望月は、それぞれ推理によって事件の解決を試みる。

と、概要を書くだけでこの長さ(笑)

当然ながら、前作まで語り手であったアリスは夏森村にしかいないので、本作は夏森村での出来事はアリス、木更村での出来事はマリアがそれぞれの視点で語る構成になっている。

交互に彼らの視点が切り替わっていくという構成が非常にテンポが良く面白い。事件と推理が進んでも飽きが来ずに読みやすくなっている。

相変わらずの仄かな青春要素もあり、面白かったりするんだけれど、新鮮だったのが夏森村での推理。このシリーズはワトソン役的な人物が非常に多い。英都大学推理小説研究会、通称EMCのメンバーがほぼワトソン役であり、江神さんが最年長であり部長であり、そして探偵である。しかし、今回は分断されているので、江神さんは木更村にしかいない。

まず木更村に関しては孤島パズルによく似た雰囲気だった。江神さんが推理を進めていきいつもどおりに真相に迫っていく。

新鮮なのは夏森村での面々、全員ワトソンなのに推理しなきゃいけないのだ(笑)

これが安定感のある木更村とは違ってかなり一般読者に近い視点で推理を進められるポイントで面白い。旅館であーだこーだと推理合戦を繰り広げ、失敗しては立ち直り、そしてやはりだんだんとではあるが真相に近づいていく。この様は名探偵が不在であるからこその面白みがある。

今回はアリスがなかなかのキレを見せていて見どころの一つだろう。

個人的には、木更村の語り手マリアが、自分の内面と戦っていく様も良かったと思う。殺人事件で傷ついた心が癒えかけたところで再び殺人事件に巻き込まれたのだから、やはりそのあたりの絶妙な描写は作品に緩急が付いてよかった。

さて、3つの「読者への挑戦」に話を戻したい。

これが難易度としては月光ゲームと孤島パズルよりややわかりやすい程度の謎が中ボスのような感じで相次いで発せられる。非常に技巧的でシンプル、判ってしまえばなんてことはないが、気づきにくいトリックで構成されている。

そして最後に2つの謎が追加される。これが第三の挑戦。そして全部解ければ晴れて全貌が明らかになるというものだ。3つ目はかなり難しかった。

今回、かなり悩んで推理した僕なのだけれど、残念ながら解けたのは第1第2の挑戦だけだった。感想やレビューなどを見て回ってみると成績としては悪くはないようだけれど、いざ答え合わせをしてみると第3の挑戦で提示された謎の真相に何故気づかなかったのだろうという「やられた感」が残る。

久しくミステリで完敗したことはなかったのだけれど今回は負けを認めざるをえない。

推理小説としては指折りのクオリティであり、純粋なミステリでは今まで読んだものの中で最も感嘆した作品だった。文句なしの最高得点。

また、後半に至って、このシリーズ全体に関連するような設定も明かされたりする。正直なところ、その部分を読んで、まだ完成していないこのシリーズを最後まで必ず読もうと決意した。

そんな気になる話も出てくるし、ラストの「対決」とも言える江神さんと犯人の対峙とその結末は最大の見所かと思う。

徹夜本にしてみようとは言えないボリュームだったりするけれど、決して一気読みができないような内容ではない。テンポは非常に良いので、読んでいて楽しい推理小説だろう。ぜひ、この巧妙な殺人の謎を解いてみてほしい。

 

この推理小説は非常に満足のいく本格推理小説だったと思う。だいぶレビューで語っているのであまり言うことがないのだけれど(笑)

ちなみに前作、前前作を読まなくても楽しめる推理小説なのでいきなりシリーズ最高傑作とも言われている『双頭の悪魔』から読むのもひとつの手かもしれない。

順に読んだほうが判りやすいことは確かだけどね。

シリーズ最高傑作と評されているけれど、実はミステリ最高傑作と範囲を広げて評価している人もたくさんいるのがすごいところ。僕も、今まで読んだ推理小説の中ではこの小説をベストに挙げたい。

推理小説の最高峰に挑んでみてはどうだろう。

 

月光ゲーム―Yの悲劇’88 (創元推理文庫)

月光ゲーム―Yの悲劇’88 (創元推理文庫)

 
孤島パズル (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

孤島パズル (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

 

 

 

という感じで、この三冊が去年読んだ小説のなかでおすすめしたい小説です。

偶然どれも関連作があるのだけれど、『デカルトの密室』『第九の日』『虐殺器官』『ハーモニー』『月光ゲーム』『孤島パズル』『双頭の悪魔』『女王国の城』を全部読めばいまのところ全関連作を読めますw

単独で読んでみて面白かったら他も読んでみてください。

 

ちなみに去年読んだ小説の一覧がこれ↓

ブクログのまとめから引用しました。リンク先に僕のネタバレ無しのレビューがあります。評価は全ユーザーではなく僕の評価点です。

 

x0rakiの本棚
http://booklog.jp/users/x0raki
2014年01月~2014年12月 (32作品)

■奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき (新潮文庫)
著者:ジル・ボルトテイラー
読了日:01月12日 評価:4
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4102180214

デカルトの密室 (新潮文庫)
著者:瀬名秀明
読了日:01月13日 評価:5
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4101214360

ドグラ・マグラ
著者:夢野久作
読了日:03月03日 評価:5
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/B009KSOWRU

バトル・ロワイアル幻冬舎文庫 た 18-2
著者:高見広春
読了日:03月24日 評価:5
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4344402715

バトル・ロワイアル幻冬舎文庫 た 18-1
著者:高見広春
読了日:03月24日 評価:5
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4344402707

■アリス殺し (創元クライム・クラブ)
著者:小林泰三
読了日:04月10日 評価:5
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4488025463

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)
著者:伊藤計劃
読了日:05月05日 評価:5
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4150309841

■ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)
著者:伊藤計劃
読了日:05月13日 評価:5
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/415031019X

■百舌の叫ぶ夜(百舌シリーズ) (集英社文庫)
著者:逢坂剛
読了日:05月16日 評価:5
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/B00J1UWN6Y

■幻の翼(百舌シリーズ) (集英社文庫)
著者:逢坂剛
読了日:05月21日 評価:5
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/B00J1UWN8C

■砕かれた鍵(百舌シリーズ) (集英社文庫)
著者:逢坂剛
読了日:05月31日 評価:5
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/B00J1UWN82

■ブラッド・ミュージック (ハヤカワ文庫SF)
著者:グレッグ・ベア
読了日:06月14日 評価:5
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4150107084

憑物語
著者:西尾維新
読了日:06月14日 評価:4
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4062838125

暦物語 (講談社BOX)
著者:西尾維新
読了日:06月15日 評価:4
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4062838370

終物語 (上) (講談社BOX)
著者:西尾維新
読了日:06月15日 評価:4
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4062838575

終物語 中 (講談社BOX)
著者:西尾維新
読了日:06月16日 評価:4
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4062838613

終物語 (下) (講談社BOX)
著者:西尾維新
読了日:06月22日 評価:5
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4062838680

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
著者:アガサ・クリスティー
読了日:06月25日 評価:4
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4151300031

果てしなき渇き (宝島社文庫)
著者:深町秋生
読了日:06月28日 評価:5
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4796658394

■ノックス・マシン 電子オリジナル・コンデンス版 (角川書店単行本)
著者:法月綸太郎
読了日:07月16日 評価:4
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/B00GZK5BTY

■闇の喇叭 (講談社文庫)
著者:有栖川有栖
読了日:07月19日 評価:5
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4062778785

■月光ゲーム―Yの悲劇’88 (創元推理文庫)
著者:有栖川有栖
読了日:07月22日 評価:5
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/448841401X

■モルグ街の殺人事件
著者:エドガー・アランポー
読了日:07月25日 評価:3
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/B009IXH41S

■孤島パズル (創元推理文庫現代日本推理小説叢書)
著者:有栖川有栖
読了日:08月06日 評価:5
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4488414028

■ギフテッド
著者:山田宗樹
読了日:08月27日 評価:4
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4344026209

■Spike The Best 428 ~封鎖された渋谷で~
著者:
読了日:09月20日 評価:5
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/B00462Q5VQ

■双頭の悪魔 (創元推理文庫)
著者:有栖川有栖
読了日:10月19日 評価:5
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4488414036

PSYCHO-PASS サイコパス (0) 名前のない怪物 (角川文庫)
著者:高羽彩
読了日:11月03日 評価:4
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4041020379

すべてがFになる (講談社文庫)
著者:森博嗣
読了日:11月12日 評価:5
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4062639246

■殺人鬼 ‐‐覚醒篇 (角川文庫)
著者:綾辻行人
読了日:12月07日 評価:4
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4043855052

■殺人鬼 ‐‐逆襲篇 (角川文庫)
著者:綾辻行人
読了日:12月11日 評価:3
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4041001692

続・終物語 (講談社BOX)
著者:西尾維新
読了日:12月15日 評価:4
http://booklog.jp/users/x0raki/archives/1/4062838788

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