哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂

推理小説やSFのレビュー・書評・ネタバレ解説・考察などをやっています。時々創作小説の広報や近況報告もします。

綾辻行人 『殺人鬼 ‐‐覚醒篇 (角川文庫)』 レビュー/後半でネタバレ

 

殺人鬼  ‐‐覚醒篇 (角川文庫)

殺人鬼 ‐‐覚醒篇 (角川文庫)

 

 伝説の傑作『殺人鬼』、降臨!!’90年代のある夏。双葉山に集った“TCメンバーズ”の一行は、突如出現したそれの手によって次々と惨殺されてゆく。血しぶきが夜を濡らし、引き裂かれた肉の華が咲き乱れる…いつ果てるとも知れぬ地獄の饗宴。だが、この恐怖に幻惑されてはいけない。作家の仕掛けた空前絶後の罠が、惨劇の裏側で読者を待ち受けているのだ。―グルーヴ感に満ちた文体で描かれる最恐・最驚のホラー&ミステリ。

 

非常にスプラッターホラー的な小説。『13日の金曜日』などのホラーが好きな人にはたまらないだろう。ジェイソンのようなモンスター的な殺人鬼が登場し、次々に登場人物たちを残虐に殺していく。
とはいえ、やはりいつもながら、我孫子武丸の『殺戮にいたる病』の方が残酷性は一段上かなと思う。まあ、あれはグロではなくエログロに入るのかもしれないけれど、だからこそ道徳的タブーをより激しく無視しているように感じる。

殺戮にいたる病 (講談社文庫)

殺戮にいたる病 (講談社文庫)

 

 しかしながら、本作『殺人鬼』で描かれる残酷描写も相当なもので、途中で読むのをやめてしまう人はやはり多くいることだろう。

モンスターホラーが読むまでもなくくだらないと考える人、残酷な描写に抵抗のある人、単純に怖くて無理という人はまず手に取らないほうがいいのは間違いない。
しかしこういう作品をフィクションの描き得る娯楽の一種として楽しめる人ならば、かなり面白い試みのしてある作品であると思う。
まず日本におけるスプラッター映画はあまり多くないということ、無いわけではないだろうけれど、ほとんどの残酷映画が実際に起きたあの宮崎勤の事件を契機に縮小されていった。そういう時代においてスプラッターを楽しむことができるのは良い所だと思う。しかも文章ならではの技巧が随所に見えるのはさすがミステリ作家と思わずにいられない。

面白い試みというのはその小説ならではの技巧的な部分だろう。ミステリ性のあるスプラッター映画も既にたくさんあるが、スプラッターホラー小説にミステリ性を盛り込み、かつトリックを仕込んだ小説は他にないと思う。
ちなみにトリックが仕込まれていることは重大なネタバレには当たらない。はしがきに、物語よりも上位の作者の語りとして明言されていることだ。読者はその仕組が何かわからぬまま、注意深く本作を読むことになる。
ミステリ好きならば普段から注意しながら読む癖があったりするので違和感にはすぐに気づく。ところが、ミステリ慣れしてないとこれが非常にわかりにくいのだと思う。残虐性に目がいってしまってなかなか俯瞰してトリックを看破するのが困難なのだ。
そういった狙いがあるのかもしれないけれど、それだけではない。もっと細やかに工夫が施されていて、ミステリ好きの読者でもトリックにひっかかる人は多いだろう。
スプラッターとしても楽しめるが、ミステリとして推理を楽しむのもひとつの読み方ではないだろうか。

この下ではトリックについてネタバレ。

殺人鬼  ‐‐覚醒篇 (角川文庫)

殺人鬼 ‐‐覚醒篇 (角川文庫)

 
殺人鬼  ‐‐逆襲篇 (角川文庫)

殺人鬼 ‐‐逆襲篇 (角川文庫)

 

 さてここからはネタバレ。

まずTCメンバーズとは双子を集めた団体「ツインズクラブ」であるだろうと当たりをつけられるかがひとつトリックを早々に破れるかどうかの分岐点かもしれない。とはいえこれに気づく人はほぼいないと思う。
僕はなんとこれに気づいてしまうというミラクルが起きたので一体どれほど通常の感覚でレビューが書けるか判りかねるところがある(笑)
ただ双子と判ったとしてもトリックと犯人が明瞭になるわけではないので、思いの外楽しめた。

まず登場人物たちに兄弟か姉妹がいるということ、そして双葉山という山の名前、山荘に異名があるという点、この辺りで、双子トリックかなと思いついてしまった。これはかなりの発想の飛躍で、ほぼ偶然なので記憶を無くしてもう一回読んだら同じように気づくか怪しいところだ。


ただこれに気づくのは別のベクトルからでも可能であることは確かだ。
殺され方や、切断された部位、服の色などよく読むと章が変わると同時に変わっていたりする。これは登場人物がみな揃いに揃って二人一役であるからだ。
つまりこの小説は登場人物たちが全員双子であること、そして双子が集まる団体のイベントに参加し、双葉山という頂上を中心としてそれぞれ反対方向に同じような山荘や地形がある舞台に訪れ、兄と姉、弟と妹がそれぞれまとまって両側で、ほとんど同じ言動をしていたという、そういうトリックで成り立っている。
そんな事あるわけないだろと言ってしまえばそれまでなのだが、このシリーズはそもそもある程度の超常現象は許容しなければならない。超常現象を認めるならこれくらいの思いついてもおかしくはない。それが真相だと納得するだけの頭の柔らかさがあればロジックで真相に気付けるかもしれない。


ただここまで判っても肝心の殺人鬼がよく判らなかったりする。なぜなら双子の法則で行くと、殺人鬼も双子とするか、あるいは一人の殺人鬼が両側に移動していると見ないとおかしくなるからだ。でも殺人鬼は非常に大柄の体格で。唯一犯人になりそうな体格の登場人物は序盤で殺されている。これが二つ目の分岐点だろう。
実は僕はこっちがすごい大変だった。これだけの「双子」要素が揃っていて、おそらく双子が双子的な山の双子的な山荘で双子的に殺されているだろうというのに犯人が誰だか判らない。もう登場人物以外に普通に殺人鬼がいるんじゃないかと終盤まで思い込んでいたのだけれど、よく考えたらそれでも何ら問題ないということにようやく気づいた。


確かに登場人物たちとは別の、通り魔的「犯人」がいるのだけれど、その犯人と同じ行動をする登場人物側の人間がいても一句に構わないはずである。
どういうことかというと、まずこれは山全体で二人一役トリックを仕込んだ小説なのだ。つまり、一人だと思って読むと実は山の向こう側に双子の片割れがいるという構図になっている。8人の登場人物は本当は16人である。描写に注意して殺された人物を消去していくと、基本的に双子はそれぞれ片割れが死ぬともう片方も死んでいることがわかるのだけれど、唯一前述した大柄の登場人物の片割れだけが生きていることに気づく。これが「殺人鬼とペア」になる人物、つまり犯人というわけ。
犯人は二人で、片方は正真正銘の殺人鬼、もう片方は殺人鬼が「憑依」した登場人物だったというのが最終的な結末。この「憑依」がさすがに予想できず、どういう理由で一般人が殺人鬼とペアリングしたんだろうと悩んでしまったが、単純に悪の波動が乗り移った的な解釈でいいようだ。そのあたりは非常に超常ホラー的であったりする。
ともあれ、双子が別々の場所で同じような言動をしているというトリックは、再読すればすぐに分かるほどに随所に伏線として描かれている。大胆すぎるほどだ。これに気づかずに読み進めていると「やられた」と思うだろう。なるほど単なるスプラッターではない。さすがは本格ミステリ作家のホラーだと思う。

実は続編があるのだが、そちらも既に読み終えているので、次の記事で紹介したい

 

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