哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂

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【映画『渇き。』原作】深町秋生『果てしなき渇き (宝島社文庫)』 レビュー/後半でネタバレ解説

 

 

果てしなき渇き (宝島社文庫)

果てしなき渇き (宝島社文庫)

 

 

2014年6月27日に公開された、中島哲也監督作品 映画『渇き。』の原作。

僕はまだ映画版を見ていないのだけれど、今日あたり観に行ってまた比較レビューでも書こうかなと思ってる。

(追記:観てきました。→ 映画『渇き。』レビュー/深町秋生 原作『果てしなき渇き』との比較 - 哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂 )

とりあえず、原作小説単体のレビュー。

警告文の後にネタバレもします。

 

果てしなき渇き

 

第3回(2004年) 『このミステリーがすごい!』大賞受賞。部屋に麻薬のカケラを残し失踪した加奈子。その行方を追う、元刑事で父親の藤島。一方、三年前。級友から酷いイジメにあっていた尚人は助けてくれた加奈子に恋をするようになったが…。現在と過去の物語が交錯し、少しずつ浮かび上がる加奈子の輪郭。探るほどに深くなる彼女の謎。そして用意された驚愕の結末とは。全選考委員が圧倒された第3回『このミス』大賞受賞作品。読む者の心を震わせる、暗き情念の問題作。

 

著者からのコメント
私の青春は暗かった。『果てしなき渇き』では、そんな過去を嫌々思い出しながら書いた。これは孤独と憎悪に耐えかね、疾走する人間達の悲しみを描いた作品である。友愛や和気を著しく欠いているために、激しい拒否感を抱く方もいるだろう。けれど同時にこの小説の世界に共感を覚える方もきっとどこかにいてくれるはずだとも思う。なぜなら慈愛に満ちた世界を疎み、燦々と輝く太陽に向かって唾を吐きたいと願う人間は、私だけではないはずだと、固く信じているからだ。

 

 

・レビュー


これは凄い。文章は決してうまくない。けれど感情をそのまま書き出したというような印象を与える書き方だから、下手というよりは個性が強いと取るべきか。疾走感はあるからそこまで抵抗はないかもしれない。内容に関してはまさに、著者のコメントにある通りだ。拒否感を抱く人もいる。しかも僕が思うにその割合のほうが遥かに多いんじゃないだろうか。映画化され多くの人がこれを読むのだろうけれど、もしかしたらかえって平均評価は下がっていくかもしれない。
道尾秀介の『向日葵の咲かない夏』の時にも思ったけれど、好き嫌いがはっきり分かれるタイプの小説であるから、少々警告的なことを書いておく。

 

この小説は、世の中が基本的に平和で、生活は楽しく、美しい友情に満ちていると考える人には、少々現実離れした世界観に思えることは確かだと思う。なんでこんなに暴力的なのかとか、不必要に最悪な描写が多い、と思うかもしれない。ただその人達はいままでそういう世界を垣間見ていなかったり、身近に見聞していない幸運な生活を送っていただけで、思いの外その境界線は身近にあるものだと思う。だから暴力的な描写も、性的な描写も、本作におけるその量、割合に関しても、必然的で必要で適量であると、僕は思う。

 

もちろんこれはまさに好みの問題で、要するに、必要な描写と捉えるか不要な描写と捉えるかは個々人の価値観に依存している。だからよくレビューで見かける「無駄に残酷にしているから作品の質を下げている」なんて意見は主観的で、その一方で僕のように丁度いい描写であったが故に作品として高い質を保っていると考える人もいる。

 

観念的な話だけれど、プラスでもマイナスでも、どちらか一方のレビューを鵜呑みにしてしまうと勿体無い。好きな人にとってはかなりハマる作品で、僕は文句なしに傑作だと思う。

 

さて具体的な内容に関して。
重要なキャラクターは三人。突如失踪した、カリスマ性の高い大人びた女子高生、加奈子。彼女の行方を追う元刑事の父親、藤島。そして三年前の時間軸に登場するイジメにあっている高校生、尚人。

 

この中で、主人公となるのは藤島である。藤島はとある事件に関わり、そしてその一方で離婚した元妻から娘の加奈子が行方不明となったことを告げられ、独自に捜索を始める。そして藤島の物語の合間に、三年前の時間軸として尚人の視点の物語が挿入される。次第にすべての物語、事件が一つに収束していき、藤島が全く知っていなかった娘の加奈子の真の姿が明らかになっていく。
重要なのはこのミステリ的展開の中で、決して藤島は正義ではないということ。よくある設定ではあるが、大抵は主人公は正義感溢れるキャラクターである。ところが、この作品の主人公藤島はある時は正義かも知れないがあるときは邪悪で、利己的で暴力的である。ピカレスク小説小説と言っていいかもしれない。登場人物は皆が皆、狂っていて、そして終盤に向かうにつれてより狂い始める。

 

この小説が理解できないから嫌いだというのは気持ちは解る。ただ、そもそも人間がどう堕ちていくかを描いている以上、正常な人間に理解できる方がおかしいのかもしれない。内面的な悪を予想して体感していくのがこの小説の面白いところ。もちろんグロテスクな描写や性的な描写に対して耐性がなければそれも無理な話かもしれないが、むしろ耐性があれば面白いと思う人は少なくないかもしれない。

 

ただ唯一僕が足りないと感じたのは、加奈子のカリスマ性の描写かもしれない。もっと彼女についての「物語」が描かれても良かったかなとは思う。ただ、ある意味彼女についての情報が伏せられていることがこの小説の肝なのでやはり、そこはどうにもならなかったとは思う。

 

ラストにはかなりエッジの効いた真相が待ち受けていることは、一つ楽しみにしていていいかもしれない。終盤は見応えのある、心が動かされる場面だと思う。
破滅に向かって狂い進む登場人物たちの、疾走感のある物語は、人間の暗部を引き出している。

関連記事:映画『渇き。』レビュー/深町秋生 原作『果てしなき渇き』との比較 - 哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂 

 

 ↓ここから下はネタバレありで解説(原作のあらすじ)↓

 

果てしなき渇き (宝島社文庫)

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渇き。STORY BOOK

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【コミック版】果てしなき渇き (Wonderland comics)

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 感想はほとんど述べたので、ネタバレあらすじを。

ただだいぶ簡略化しているので正確なものではないです。

事業主とかヤクザとか不良グループって言葉を使っているけれど、もうすこし複雑な話で、便宜上簡単な説明をするためにそう呼びます。

 

あらすじ

 

職人とまで呼ばれた優秀な刑事であったが、妻の間男を半殺しにして、刑務所に入らずに済んだものの依願退職という末路を辿った元刑事、藤島秋弘。

 

藤島は警備員として働いていたが、ある日、担当しているエリアのコンビニで惨殺事件が起き、第一発見者となる。

 

同時期、失踪した娘の加奈子を探してほしいと別れた妻から連絡が入る。険悪な仲となっていた藤島と元妻であったが、再び家族に戻りたいと夢見る藤島は娘を探し始める。加奈子の部屋には大量の覚せい剤があり、それを理由に警察には連絡せずに一人で捜査を始めることとなる。

 

一方、三年前。瀬岡尚人はイジメに遭い、自殺しかけていたところを、加奈子に救われる。次第に恋心を抱くようになった瀬岡は加奈子と関わっている不良グループに深く関わり始める。

 

全ての事件が関連し、収束し、段々と加奈子の謎が明らかになり、そして彼女の目的が自殺した恋人の復讐であるとわかる。

 

 加奈子が「欠けてしまった」理由は、まず父親の藤島が酒癖が悪く、酔うと自分を見失ってしまう故に、ある時加奈子を犯したこと。そして恋人の死。この2つが原因となる。

恋人を死に追いやった人間に復讐するために、瀬岡は利用され巻き込まれる、藤島は段々とその真相に近づき、自らも暴行、レイプ、覚せい剤の使用など、次第に堕ちていく。

具体的には、加奈子が斡旋した援交事業で撮らせた写真を当事者にばら撒き、その影響で事業主や関わった不良グループ、利用された現役警察官小山内(作中の4件の殺人の実行班)などが、ヤクザから始末されていく。これが加奈子の復讐の結果にあたる。

この復讐は藤島が事業主の張という男を殺害することで果たされる。ただこれは同時に父親への復讐でもあったかもしれない。

 

この結果として、藤島は殺人を生業とするヤクザの組に所属することとなる。

再び平穏な毎日が訪れるが(常識的にはとても平穏とはいえないが)、灼熱の日々、渇きの日々は終わらない。

 

肝心の加奈子は、かつての担任教師である東の小学生の娘を援交に加わらせていて、怒った母親の東によって既に殺されていた。

ラスト、真実を知った藤島は遺体が埋められた山中でどこに埋められたかもわからない加奈子を掘り起こし再び会おうとする。その果て無き作業の先に娘からの許しを求めて。ただそれが最早不可能であることは言うまでもない。

 

 関連記事:映画『渇き。』レビュー/深町秋生 原作『果てしなき渇き』との比較 - 哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂 

果てしなき渇き (宝島社文庫)

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