哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂

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映画『渇き。』レビュー/深町秋生 原作『果てしなき渇き』との比較

目次

 

前回、深町秋生の原作『果てしなき渇き』をレビューしたのだけれど(【映画『渇き。』原作】深町秋生『果てしなき渇き (宝島社文庫)』 レビュー/後半でネタバレ解説 - 哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂)、その日すぐに映画版『渇き。』を観に行きました。

Twitterのフォロワーも公開初日の時点で4,5人観に行っていて、どんどん視聴済みフォロワーが増えていくw

話題性では最高クラス、内容もとにかくすごいです。

今回は映画版のレビューをしつつ、後半警告文の後にはネタバレ有りで紹介します。

それではまず作品概要から。

 

渇き。

 

第3回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した深町秋生の小説『果てしなき渇き』を中島哲也が実写化したバイオレンスミステリー。中島哲也下妻物語』『嫌われ松子の一生』『パコと魔法の絵本』『告白』などが代表作の監督。特に2010年の『告白』では日本アカデミー賞最優秀監督賞および最優秀脚本賞を受賞している。

 

この監督は『告白』では顕著だったけれど、スローモーション映像を使うのが得意で、これにより優美さが強調されて映像美→色→音楽というよな連鎖に繋げて見る側が独特な世界観に入り込むのを助長している。

 

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今回の『渇き。』も似た手法で独特さはバッチリ決めてきてる。その辺りも後々紹介。

 

キャスト

名優・役所広司を筆頭に、『悪人』などの妻夫木聡、『ゆれる』などのオダギリジョーら、実力派が大挙して出演。中島監督ならではの鮮烈なタッチに加え、ヒロインに抜てきされた新人・小松菜奈の存在感にも注目。シネマトゥデイ(外部リンク)

 

ちなみにこの映画、キャストがすごい。出番少ない役にも有名俳優を使っていて、以下は役名とキャスト一覧。

原作と名前が違うキャラもいるんだけれど、例えば役所広司の藤島は下の名前が変わっている。「秋弘」から「昭和」に変更されているけれど、これ意味あるのかな……w

原作読んだ方には小山内が印象に残っていると思うけれど、彼も愛川という名前に変わりオダギリジョーが演じてます。松永は原作の棟方に相当する人物。

瀬岡に関しては「ボク」になってるけどね(笑)

 

藤島昭和 - 役所広司
加奈子 - 小松菜奈
「ボク」 - 清水尋也
浅井 - 妻夫木聡
愛川 - オダギリジョー
松永泰博 - 高杉真宙
遠藤 - 二階堂ふみ
森下 - 橋本愛
長野 - 森川葵
桐子 - 黒沢あすか
咲山 - 青木崇高
辻村 - 國村隼
緒方 - 星野仁
小山順平 - 葉山奨之
チョウ - 康芳夫
東 - 中谷美紀

 

 

あらすじ

品行方正だった娘・加奈子(小松菜奈)が部屋に何もかもを残したまま姿を消したと元妻から聞かされ、その行方を追い掛けることにした元刑事で父親の藤島昭和(役所広司)。自身の性格や言動で家族をバラバラにした彼は、そうした過去には目もくれずに自分が思い描く家族像を取り戻そうと躍起になって娘の足取りを調べていく。交友関係や行動を丹念にたどるに従って浮き上がる、加奈子の知られざる素顔に驚きを覚える藤島。やがて、ある手掛かりをつかむが、それと同時に思わぬ事件に直面することになる。シネマトゥデイ(外部リンク)

 

ちなみに原作の紹介文は

部屋に麻薬のカケラを残し失踪した加奈子。その行方を追う、元刑事で父親の藤島。一方、三年前。級友から酷いイジメにあっていた尚人は助けてくれた加奈子に恋をするようになったが…。現在と過去の物語が交錯し、少しずつ浮かび上がる加奈子の輪郭。探るほどに深くなる彼女の謎。そして用意された驚愕の結末とは。

 この作品、思ったより原作に忠実です。

 


映画『渇き。』予告編 - YouTube

 

 

さてここからはレビューを書きます。

原作に興味がある方と、既に読んだという方は、先に前回の記事を読んでいただけると解りやすいかも。

【映画『渇き。』原作】深町秋生『果てしなき渇き (宝島社文庫)』 レビュー/後半でネタバレ解説 - 哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂

 

原作の魅力は既に前回語ったので、映画ならではの魅力を先に紹介。

まずはさっきちょっと書いたけれど、監督の手法。

 

演出

 

スローモーションは確か、今作でも使われていたと思う。印象的だったのは血が跳ね上がるシーンかな。まあこれ以上はネタバレなので言えないけれど……

そして色が今回も鮮やか。鮮やかというよりはチカチカするような狂気の演出の一環としてカラフルな演出が多い。

 

まず、冒頭から魅せられる。フラッシュバック的に、作中の映像が主人公の役所広司の吐き捨てるようなセリフとともに流れる。観客はこの時点では当然何がなんだか分からないが、興味は惹かれるだろう。その後はコミック風のオープニングクレジットが印象的、これはかっこよかった。

アニメーションも手法として何回か使われていて、効果的かつ自然で流動的な場面の切り替えを手伝っている。

 

挿入歌『でんでんぱっしょん』

 

そして何と言っても話題になっているのが作中の重要なシーンで流れる挿入歌。

Twitterのフォロワーにアイドル好きが多いからでんぱ組も『でんでんぱっしょん』も知ってたけど、『渇き。』の挿入歌になるって聞いて「!?」とはなったよね。

でんぱ組.incの「でんでんぱっしょん」が、映画「渇き。」の劇中歌として使用されることが明らかになった。

 と速報的にニュースが出たからこれでこの映画を知った人も多いかもしれない。

 


でんぱ組.inc「でんでんぱっしょん」MV【楽しいことがなきゃバカみたいじゃん!?】 - YouTube

 

普通に中毒性のあるライブで盛り上がりそうな曲だけれど、作中ではうまい使われ方がされている。

単純に流すだけじゃなく、より狂気的に演出していて、かなり強く印象に残る。

映画版独特の見どころの一つ。

 

 

ここまでは映画版だけに存在する映像と音について。

ここからはストーリーについて。

 

ストーリー 暴力性のエンターテイメント

 

ストーリーは意外にも原作の本筋からは外れない。かなり忠実に再現されていると言っていいと思う。

とはいえ、一応重要な変更点が2つくらいはあるのだけれど、キャラクターが変わるというあたりをスルーして単純にストーリーだけ追っていけば原作に近い。

 

ネタバレは後でするとして、ネタバレしない範囲での魅力的な変更点について。

まず抽象的な話だけれど、原作は暴力(端的に言えばエログロ)をずっと陰鬱な雰囲気で描いている。それが良さでもあって、僕は個人的には好きだった。

その一方で、映画は暴力性(エログロ)を「エンターテイメント」にするというスプラッターホラーのようなジャンルに仕上げている。ただ、ストーリー上ホラーではなくてミステリであるから雰囲気はかなり独特だ。それでいて流動的な場面移動の演出で疾走感がかなりあってさらに劇作的な雰囲気が強い。

ちなみにグロさやエロさみたいなところは、みんなが言うほど過激ではないと思う。僕が思い出したのは『悪の教典』や『アウトレイジ』『アウトレイジ ビヨンド』かな。あのレベルだと考えていいかもしれない。

 

暴力性をエンターテインメントとして演出する面白さを助長するのが、前述した奇抜な色と音の演出、キャストや歌の演出だ。

 

 

キャストの魅力

 

加奈子役の小松菜奈役所広司の怪演と同じくらいすごかった。この子、初主演だよね……

妖艶さとミステリアスな言動がまったく違和感にならないのが不思議。ただストーリー上彼女が何故ここまでのカリスマ性を持っているかは理論的に説明はされない。原作ではおぼろげに説明されるのだけれど映画ではちょっと設定の変更が効いてきてしまってやや消化不良か。

ただ、それを補うレベルで、そもそも小松菜奈の演技が見事。理論的な理由なしでも「そりゃ惹かれるわな」という無条件の納得ができてしまうという……

ある意味彼女をキャスティングしたからこそ、原作読んだ人が「え!?」となったある重要な変更点が成立したのかもしれない。このへんはネタバレで詳しく説明します。

とにかく加奈子のドラッグのような魅力は小松菜奈によってよく表現されている。

 

もう一人僕が結構気に入ったのが妻夫木聡演じる浅井だ。

浅井は原作では真面目だけど本心を隠して策士的に任務を遂行する刑事なのだけれど、映画では完全にキャラが変わってて驚いた。でもこれがかなり癖があって面白い。終始ヘラヘラして役所演じる藤島と電話でやり合う悪辣な刑事は良い役だった。ちょっと「妻夫木すげえ!」と感心してしまったのでしばらくはこのキャラのイメージが抜けない気がする(笑)

 

遠藤役の二階堂ふみは『脳男』の時もすごかったけど今回もなかなかよかったな。

ただ持ち味が発揮される前に終わってしまったという感じはする。
森下役(原作では松下)の橋本愛は今NHKドラマの『ハードナッツ!~数学girlの恋する事件簿~』に出てるけれど、ハードナッツだと奇妙な役すぎて違和感がすごいけど(笑)、『渇き。』では良い役だった。

愛川役のオダギリジョーはなかなか凄い役だけれど、唐突過ぎたかな。

 

興味が湧いたら観に行こう

 

ネタバレを最小限に抑えるとこんなもんかなぁ。

学生はまだ1000円で観られるので気になったら見にいっちゃってもいいかもしれないね。ただ暴力的なのがダメだと疲労感が凄いかもしれないw

 

ある意味、視聴注意ですw

 

関連記事:【映画『渇き。』原作】深町秋生『果てしなき渇き (宝島社文庫)』 レビュー/後半でネタバレ解説 - 哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂 

 

ここから下ではネタバレして原作との違いを挙げていきます。

映画も原作もそこまで本筋は変わらないけど、どっちもネタバレしてしまうと思うから注意。↓

 

果てしなき渇き (宝島社文庫)

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渇き。STORY BOOK

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【コミック版】果てしなき渇き (Wonderland comics)

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ネタバレ解説 原作との違い

 

やっとネタバレできる(つ∀-)

幾つか変更点を紹介して終えたいと思います。

 

  • 加奈子の性質について

 

重要な原作との違いが2点。

結構根本的な問題に関わる変更だね。

 

まず原作だと、加奈子のカリスマ性の理由は棟方が説明してくれたりする。映画版だと棟方の代わりに松永という男が登場するがこいつはあんまり仕事をしないww

 

棟方曰く

「俺達は何かが欠けている」

「特に加奈子は、まわりを巻き込むほど大きく欠けている」

加奈子の欠けた心は、同じくどこか欠けてしまった人達を巻き込んでいくということだろう。

 

ただ映画版ではこのセリフがないので、説明されない。

そしてもっと重要なのが、加奈子が欠けてしまった理由。

 

原作では「酔った藤島に犯される」「恋人の緒方が自殺に追い込まれる」という2つの理由が説明される。

 

映画ではこのあたりも完全に変更される。

まず酔った藤島は加奈子を「犯す」のではなく「殺そうとする」と変更されている。

さらに、これは加奈子が藤島が内心で最も望んでいた「愛してる」という言葉を、彼に囁き、キスまでする。それで高笑い。見てる側の判断に委ねるところなのだろうけれど、どうやら原作のように加奈子は完全な被害者ではないと解る。まるで悪魔、悪女だった。

 

これよりもっと凄いのが、「恋人の緒方が自殺に追い込まれる」という設定が終盤でぼやけてくる。これが少なくとも原作の加奈子の復讐の理由なのだけれど、映画では「緒方は加奈子自身が自殺に追いやった」と解釈できるセリフがある。

これは加奈子の嘘であるか、自責の念であるか、言葉通りの意味か、どう解釈するかで少々事情が変わる。あるいはその3つの可能性全てがない混ぜになったような真相なのかもしれない。人間の心理は実際にはそれほどに複雑であるのかもしれない。

 

ただ、この2点の変更点で重要なのは、解釈として「加奈子は元々、天性の悪であった」という可能性が捨てきれなくなったことだと思う。解釈の幅としてそれを明確に呈示してきたのが原作と映画で一番違うところかな。

 

例えば、映画の東と加奈子が車内で会話するシーンも原作ではないニュアンスがある。「ウケる」と言ってみたり、どうやら映画版の加奈子はきわめて「悪」に近いのかもしれないと思わせるところはある。

ちなみに加奈子の殺され方は原作では絞殺だが映画では刺殺になっている。

 

  • 「ボク」瀬岡尚人が野球部を辞める理由

 

他にも、「ボク」こと瀬岡が野球部をやめた理由がちょっと変わっている。原作では青春的な心情があったんだけれど、映画では完全に加奈子にのめり込んでやめている。

 

  • 愛川(小山内)について

 

オダギリジョー演じる愛川(小山内)は原作では子供の病気のためにお金が必要であったりする事情があるが、映画では普通にいい暮らししてて、しかもわりとサイテーな性格であったりw

屋上でサイテーな藤島とサイテーな愛川が殺しあって、そこにサイテーな浅井が入ってくるっていうのもなかなか凄い。

もっと細かいところを言うと、藤島のコルトガバメントリボルバーになっていて、逆に愛川(小山内)の銃がコルトガバメントになっている……らしい。あんまり詳しくないから確認できなかったのだけれど。

 

  • 浅井の出番が増え重要人物に

 

浅井刑事も原作では途中から出番ないけれど、映画では深く関わってくるね。屋上での戦いで妻夫木演じる浅井がポーンと跳ね飛ばされているけれど、ちょっとコミカルな感じになっていて笑ってしまった。

それでもヘラヘラする彼もなかなか濃いキャラだが……

 

  • 藤島の殺人とその後

 

あとはチョウ(張)を殺したのが原作ではヤクザ側の咲山に同行した藤島であるけれど、映画ではチョウ側の愛川が殺している。これはちょっと驚いた。原作では藤島が「娘のために復讐を果たした」と自身を納得させたり、終盤のクライマックスの一つであったりするからカットすると思わなかったけれど、あっさり切ったね。

これによって藤島がその後暴力団に入って殺し専門のヤクザになるという原作の展開が映画ではなくなっていたりする。

 

  • 東の末路

 

最後に、重要な変更点といえば、加奈子を殺した犯人である中谷美紀演じる東だけれど、彼女は原作では真相に気付いて訪ねてきた藤島に殺害される。

映画では藤島は東に雪山で加奈子の死体を掘り起こさせている。当然不可能に近く、このシーンは原作よりもどんよりした絶望感が漂う。

ついには藤島自身が雪をかき分けて掘り起こし始めてこの映画は終わるのだけれど、まさにドラッグを失った中毒者のように藤島の渇望する加奈子との再会はやはり叶わないものなのかもしれない。

 

関連記事:【映画『渇き。』原作】深町秋生『果てしなき渇き (宝島社文庫)』 レビュー/後半でネタバレ解説 - 哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂

果てしなき渇き (宝島社文庫)

果てしなき渇き (宝島社文庫)

 

 

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