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哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂

推理小説やSFのレビュー・書評・ネタバレ解説・考察などをやっています。時々創作小説の広報や近況報告もします。

グレッグ・ベア 『ブラッド・ミュージック』 レビュー/後半でネタバレ解説あり

書評・レビュー SF小説 グレッグ・ベア

 

ブラッド・ミュージック (ハヤカワ文庫SF)

ブラッド・ミュージック (ハヤカワ文庫SF)

 

 

A brilliant but unorthodox researcher has exceeded ethical guidelines for genetic research to engineer blood cells that think for themselves. Once his illegal experiments are discovered, he injects himself with the deadly serum to save his creations. The author has won Hugo and Nebula awards.

 

遺伝子工学の天才ヴァージル・ウラムが、自分の白血球から作りだした“バイオロジックス”―ついに全コンピュータ業界が切望する生体素子が誕生したのだ。だが、禁止されている哺乳類の遺伝子実験に手を染めたかどで、会社から実験の中止を命じられたウラムは、みずから創造した“知性ある細胞”への愛着を捨てきれず、ひそかにそれを研究所から持ちだしてしまった…この新種の細胞が、人類の存在そのものをおびやかすとも知らずに!気鋭の作家がハイテク知識を縦横に駆使して、新たなる進化のヴィジョンを壮大に描きあげ、80年代の『幼年期の終り』と評された傑作!

 


・レビュー

 

グレッグ・ベアによる1985年の作品『BLOOD MUSIC』の邦訳、これはヒューゴー賞ネビュラ賞をダブル受賞した、SF史では有名な古典作品。分子ナノテクノロジーを扱った初のSF小説とされていて、SF好きなら名前くらいは知っていることが多いと思う。人類の進化をテーマとしている、アーサー・C・クラークの古典名作『幼年期の終り』と並び称される事もかなり多い。後述するけれどその内容に関して言えば似ているのではなく踏まえているといった感じ。現代日本人からしたら多分エヴァンゲリオンがこれを踏まえて作ってあると見て間違いないんじゃないかと言ったほうが興味を惹かれるかもしれない。

 

内容を改めて紹介すると、これはヴァージル・ウラムという天才科学者が、自分のリンパ球から作りだした知性を持つ細胞「ヌーサイト」を血液に注入して研究所から持ち出し、やがて全地球と全人類、そして宇宙をも巻き込んだ進化と変革に発展するといった話。
あややネタバレの文章ではあるけれどこのあたりは最初から知っていて読む人がほとんどであろうと思う。

 

80年代版『幼年期の終り』といわれるのはいくつかの同一のテーマを扱っているからだ。まずは人類が変態して、あるいは進化して、別の存在になっていく。その先の目的や結末、経過、ミクロかマクロかなどと掘り下げていくと、むしろ『幼年期の終り』とは逆になっている部分も多いことに気づく、その一方で終始『幼年期の終り』を思わせる雰囲気はあり、作中の描写の幾つかは『幼年期の終り』を知っているとなかなか面白く思えてくるものばかりだ。
全く別の作品と言っていいくらい関連はないのだけれど、やはり両方を読むことをすすめたくなる。

 

人類のメタモルフォーゼを極限まで推し進めた~という表現を色んな場所で目にするのだけれど、まさにそこが面白いところだと思う。『幼年期の終り』は、タイトルが秀逸で、まさに幼年期が終る「メタモルフォーゼ」だ。『ブラッド・ミュージック』もまたタイトルが実に秀逸。このタイトルの意味は読者が結末を目にするときにきっと自然と想われることだろう。

 

この小説は「タイトルの意味」「情報力学」「進化の先(幼年期の終りとの比較)」の三本柱かなと思う、特に全くここでは触れることができないネタバレ要素なのだけれど、情報力学に関してはこれを読みたいがためにここまで読んできたと思わせるくらい面白かった。読んで損はしない名作SFだと思う。


↓↓↓↓この下からネタバレ↓↓↓↓

 

 

ブラッド・ミュージック (ハヤカワ文庫SF)

ブラッド・ミュージック (ハヤカワ文庫SF)

 

 

幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341))

幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341))

 

 


ここからネタバレ

 

 

 

 

さてさてここからはネタバレ解説。といってもそんな大したことは書いていないけどね。
まずはタイトルの意味について。これは勿体ぶった言い方をしたけれど文字通り血の音楽。
ただ最後の方ではもうすこし綺麗な意味になっていく。

 

その前に情報力学の方の解説。
作中に出てくる情報力学の話は多分この物語の中で一番面白い部分だと思う。りんごをひっくり返すみたいな表現があったと思うけど、まさに物理法則の根幹が崩れるような理論。人間(知性を持った生命体といったほうが性格かもしれない)は観測によって宇宙の法則を変えることができるというもの。現在の物理法則は完成された確実なものではなくて、より優れている法則として観測されたからこそその法則は「いまのところ」宇宙に承認されている。この先もしも更に優れた理論が知性体によって生み出されればその理論が宇宙の法則として成立する。つまり僕らは宇宙が絶対であると思っているけれど実際は宇宙のほうがより妥当と思われる優秀な理論に従っていたというわけ。
これはすごい面白いと思う。SFならではの理論だね。実際に作中ではヌーサイトが核爆発を止めたりしている。これは物理法則を、何億兆もの知性体であるヌーサイトが観測したことで改変したということだ。これが結末に向けての重要なファクターで、これを理解できないと「後半がぐだぐだ」という感想を持つことになる。

 

……で、この理論に基いて、ヌーサイトは大変化をもたらす。人類はヌーサイトと共に進化する。ヌーサイトとなった人類が、「彼ら」と共に向かった進化の先は「思考宇宙」である。まあこれが何なのかについては我々の感覚では説明のしようがないようなところではある。訳者の方も頑張ってるとは思うけれど、これはもしかしたら原文だとよく分かるのかもしれない。僕は英語が読めないからアレなんだけれど。
ヌーサイトはリボソームとかをいじって創りだしたリンパ球で、「イントロン」という部分を記憶を司る機能として活性化させたものだ、みたいな話が出てきて、これがまた文系の僕にはさっぱりわからない。ただ単語は聞いたことがあるし、ちゃんと読めばおぼろげに意味はわかる。この記憶云々という話が最後まで重要な要素だ。

 

そして結末。燃える雪が地球に降り注ぎ、光りに包まれる。冷たく静まり返った世界で、人類はヌーサイトとして思考宇宙に旅立っていく。この是非はわからないけれど、美しい終わり方であることはわかる。この一体となった知性体たちの交響曲がブラッド・ミュージックである。ヌーサイトは作中で体の中から宿主に語りかける。これを作中ではブラッド・ミュージックとして記述している。そして最後の最後まで読めば、宇宙の統一感や、ヌーサイトや人類の統一体が「ブラッド・ミュージック」というタイトルそのものだということが判ってくる。

 

ヌーサイトたちの求めた進化はオーヴァーロードたちが導こうとしたところと近いのかもしれない、あるいはミクロとマクロという意味で間逆なのかもしれない。こういったところも含めてこの作品はどこか『幼年期の終り』を思わせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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