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哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂

推理小説やSFのレビュー・書評・ネタバレ解説・考察などをやっています。時々創作小説の広報や近況報告もします。

森晶麿 『黒猫の遊歩あるいは美学講義』 レビュー

 

黒猫の遊歩あるいは美学講義 (ハヤカワ文庫JA)

黒猫の遊歩あるいは美学講義 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

目次

 

黒猫の遊歩あるいは美学講義


でたらめな地図に隠された意味、しゃべる壁に隔てられた青年、川に振りかけられた香水、現れた住職と失踪した研究者、頭蓋骨を探す映画監督、楽器なしで奏でられる音楽…日常に潜む、幻想と現実が交差する瞬間。美学・芸術学を専門とする若き大学教授、通称「黒猫」と、彼の「付き人」をつとめる大学院生は、美学とエドガー・アラン・ポオの講義を通してその謎を解き明かしてゆく。第1回アガサ・クリスティー賞受賞作。

 

レビュー

 

今回は僕のいつも読んでいるどす黒い感情の渦巻く殺人事件ものとはちょっと風味の違う、最近になって本格的に流行りだしているある日常ミステリージャンルに挑戦してみました。

 

 

分類としてはミステリで間違いない。でも本格とか変格とかそういうタイプではなく、日常ミステリの一ジャンルだ。
最近になってライトノベルが増えてきて、その流れで日常ミステリがライト化していった。例えば、ビブリア古書堂とか万能鑑定士とか、ライトとはいえミステリなので内容は非常に良く出来ていて時には重いテーマも関わる、でも以前までの日常ミステリとはちょっと違くて、なんというか爽やかさが何倍にもなっているような、そんなジャンルだ。


特徴なのは「美」とか「学問」についての内容が多く、日常ミステリ的なのに日常というよりは専門分野という感じなところだろう。専門分野ミステリと言ってしまったほうが解りやすいかもしれない。

 

さて、本作にフォーカスしてみると、上記のジャンルの中でも特に「美学」にこだわって作られた作品だろう。
まずこの作品の基本構造としては、二十四歳の若さで大学教授になった、美学理論を持つ美青年通称「黒猫」が、同じ大学の博士課程一年でエドガー・アラン・ポオの研究をしている付き人「私」と、様々な日常の謎に遭遇し、ポオの作品に新解釈を行いながらその謎を解決していく、というものだ。

 

この作品は
「月まで」
「壁と模倣」
「水のレトリック」
秘すれば花
「頭蓋骨のなかで」
「月と王様」
という6篇の短編の連作で構成される。

 

それぞれの短編はポオの作品を下敷きにしており、前述の通りポオの作品の再解釈のような形でストーリーと「美学講義」が関わってくる。

共通して感じるのは主人公二人の実に爽やかな恋愛要素と、優美で落ち着いた雰囲気の世界観と事件、美しい解決へのロジックと解釈、そして繊細な心理描写だ。
地味に凄いのはそれを保っている作者の筆力だと思うが、堅すぎず軽すぎず、それでいて非常に読みやすいので、内容とあいまって読後感はどの短編も爽やかだ。

 

逆に言えば血みどろの本格ミステリは期待できないが、日常の謎というカテゴリであると了解していれば、想像よりずっと高いクオリティは期待できる。

 

僕はこの作品を読書において非常に信頼の置ける人からおすすめされて読んだのだけれど、ロジカルな部分はロジカルで軽やかな部分は軽やか、そのバランスの良さと、各物語のストーリー構成の緻密さと面白さは好みに合っていてよかった。
自分では買わなかったジャンルだろうと思うのでおすすめされたことでよく出来た雰囲気のいい作品が読めたのは嬉しいところ。

 

薀蓄というか知識や論理の説明が理解できなくて評価を下げるということがこの作品の場合多く起きているようだが、学問的、思考的な物語の展開や物語の再解釈のような抽象的な描写や説明は僕にとっては好きな部分で、逆にその辺りが難しいと感じる人には退屈に思えてしまうらしい。そこがこの作品の欠点になるだろう。

 

例えば、冒頭の『モルグ街の殺人事件』のちょっと面白い解釈や、『黒猫』の解釈、『竹取物語』を月と人の観点からその「タイトル」に言及するなど、目から鱗というか、面白い「講義」がたくさんあったのが印象的で楽しい。

 

男の僕だとこの辺がメインで面白かったのだけれど、実はこのシリーズは女性のほうが楽しめるような気がする。恋愛要素もふんだんに用意されていて、その描写が実に繊細だ。
男視点の恋愛要素は結構展開がハッキリしていて関係も明瞭なのだけれど、この小説は結構女性目線なんじゃないかなと思う。

そもそもイケメン天才の黒猫だが、ほとんど他人には素っ気なくて主人公の「私」にはたまに優しかったりして、素っ気ない癖に何かと気にしているというか、微妙に恋人チックでありながら完全にそうではなくて、かと言って友人というより友人以上の存在のような、非常にもどかしい関係性だ。
こういうのは男性視点だとおよそ「設定」として少々無機質に捉えるだけだが、女性的には好きなシチュエーションになることも多いのではないだろうか。

 

若干のネタバレになるかもしれないが、その辺に鈍い僕でも1話目の「僕の好きな眺めがここにある」の謎が解けるところは上手いなというか、とても感心した。


個人的には『月まで』と『壁と模倣』が好きだったかな。
『月まで』は解説にもあったがこれを最初に持ってくるかという意味でも凄かったけど、ポオや『竹取物語』への解釈も面白く展開もオチも綺麗でよかった。
『壁と模倣』は「なぜ」がロジカルに黒猫によって説明されるところ、終盤の数ページが面白かった。

 

『水のレトリック』もすごい綺麗な話だなと思う。基本的に全部うまくまとまっているのがこの作者のすごいところだ。不整合がなくてシンプルなのにどこか新しくて面白い。

 

『月と王様』は話自体よりも巻末の作品としての一冊のまとめとしてのストーリー展開が綺麗だった。次作も読んでみようと思わせる読後感の良さが印象的。


実は一気に既刊全部読んでしまおうかと思っていたのだけれど、折角普段のどんどん人が死んでいくミステリとは違う爽やかでライトな読後感の作品なので、重たいミステリの間に挟みながら消化していけたらなと思っている。

 

僕が行うのは美的推理であって、導き出された真相が美的なものでなければその時点で僕の関心は失われる。美的でない解釈が解釈の名に値しないように、美的でない真相もまた真相の名に値しない

 

これは黒猫のセリフであるが、まさにこの作品を表す最適なセリフじゃないかなと思う。
なるほど面白い。この逆説的な理念があの独特の美しさとか表現の難しい幽微な雰囲気とかを形作っているのかなとも思う。

 

次巻を読むのが楽しみな癒し系のミステリでした。

 

黒猫の遊歩あるいは美学講義 (ハヤカワ文庫JA)

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