哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂

推理小説やSFのレビュー・書評・ネタバレ解説・考察などをやっています。時々創作小説の広報や近況報告もします。

小林泰三『アリス殺し』レビュー

 

複数の人間が夢で共有する〈不思議の国〉で次々起きる異様な殺人と、現実世界で起きる不審死。驚愕の真相にあなたも必ず騙される。鬼才が贈る本格ミステリ

・レビュー

これ評価★4か★5で迷ったなぁ。まあ4.8くらいだと思っていただければ。個人的にはラストシーンと読者が忘れがちな序盤からの細かな伏線を評価して★5に落ち着けたいと思う。
さてこれから読む人は注意点がいくつか。ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』『スナーク狩り』の知識が基本的な物語の理解に必要になる。もっとも、最低限必要なのは一部の設定とキャうラクターとエピソード。解らない固有名詞出てきたらWikipediaで調べるってやり方でも十分に理解できる。スルーして読み進めちゃうのはあんまり勧められないかな。できれば読む前に三作品のWikipediaに目を通しておくといいのかもしれない。感覚的には『鏡の』の知識が多く必要だったかな『スナーク狩り』に関しても作中では説明がなくてやや不親切だから調べておくのがいい、こちらはアリス好きでも知らない人が多いと思うし。
中身に関して。この作品は、好きな人と読むこと自体が耐えられない人とで分かれそう。一つは原典に当たるルイス・キャロルのアリスシリーズの言葉遊びとか、会話のナンセンス節が肌に合わない人は、この作品も同じように無理だと思う。そう思う程には原典を踏襲しているというか、オマージュが非常に上手い。不思議の国の住人たちの性格や口調、言動もオマージュしつつ、それでいて連続殺人事件という背景に合わせたオリジナリティを持っている。もう一つ合わないとしたら、結末だろうと思う。結末に関してはあまり書くことはできないが、嫌いな人は嫌いだろう。個人的には大好きな終わり方だった。あとは、アリスに興味がなく、単にこのミスなどを観てミステリ目的で読んでみたという人はアリス系の知識がないかもしれない上にいちいちアリスを絡めてきて下手をするとSFともとれる設定でどこがミステリなんだろうと思うかもしれない。正直なところ、このミスは当然商業目的でもあるのであまり本格を期待すべきじゃない……と思う。でも僕は個人的にはこれはしっかりミステリであるとは思う。未読だけれど『生ける屍の死』のようにあえて現実世界にはありえない設定下でロジックを組むのはルールだと思って受け流してしまうのがいいのではないか。
その特殊な設定なのだけれど、読者は現実世界と不思議の国を交互に読んでいく。登場人物は現実世界と不思議の国で相互リンクしている。不思議の国で死んだものに対応する現実世界の人間が死ぬ。これが最初なかなか戸惑うところだけれど、50ページくらい読めば慣れるとは思う。慣れれば面白い。前述の苦手ポイントをクリアした人なら(笑)
絶対騙されると謳ったミステリである以上、当然トリックが仕込まれている。ところがミステリ好きなら違和感はミスでなく伏線であると勘が働くので正直気づく人は気づく。レビューを読んで見ると、気づいたつもりだったけど騙されたという人が多かった気がするから、騙されたくなければ油断せずに読み進めるといい。最初に書いたけれど、読み終える頃にはすっかり忘れてしまっている伏線がすごく多い。二度読むと、一度目にはミスリードにひっかかっていたということがよく分かる作品。ただし一度目に読み終えた時にはミスリードをミスリードと気づいていないからそんなに沢山伏線があったとは思わないようで、評価を下げている。一度目で納得したことは作者に「真の目的とは別の論点で納得させられた」ことであると思ったほうがいい部分がいくつかある。亜理やアリス、井森やビルの発言なんかは特に遠回しだから煙に巻かれる。気になった人は二度読んでみてもいいかもしれない。詳しいネタバレレビューを書いてる方のブログなんかでも確認できるかもしれない。
順調に騙された人は終盤感心すると思う。清々しいほどに騙される人は多いかもしれない。トリックを全部見切った人も別の視点で驚くかもしれない。そして全てを看破したとしても設定が設定だけにそこそこ楽しめるんじゃないかなと感じた。エンターテイメント性というか実験的にミステリを変わったやり方でやってみたという雰囲気があって楽しく読むことができた。
ダークファンタジー的な雰囲気のある二つの世界の平行殺人事件、アリス好きは一読の価値あり。
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