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哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂

推理小説やSFのレビュー・書評・ネタバレ解説・考察などをやっています。時々創作小説の広報や近況報告もします。

夢野久作 『ドグラ・マグラ』 レビュー

 

ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)

ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)

 
ドグラ・マグラ (下) (角川文庫)

ドグラ・マグラ (下) (角川文庫)

 

ドグラ・マグラ 

精神医学の未開の領域に挑んで、久作一流のドグマをほしいままに駆使しながら、遺伝と夢中遊行病、唯物化学と精神科学の対峙、ライバル学者の闘争、千年前の伝承など、あまりにもりだくさんの趣向で、かえって読者を五里霧中に導いてしまう。それがこの大作の奇妙な魅力であって、千人が読めば千人ほどの感興が湧くにちがいない。探偵小説の枠を無視した空前絶後の奇想小説。

 




・レビュー


まず上の内容紹介の通り、なんともあらすじを表現できないのがこの作品。
かなり長い作品だけれど、とにかく面白かった。ミステリに大別するのがいいと思うがジャンルも簡単には当てはめられない。
構成は地の文→作中作→地の文であり、この小説が多くの人にとって読みづらく挫折しやすい作品だと言われている所以は作中作の読みにくさにある。節の効いた読みにくい部分や漢文の読み下し文のような部分があるのでそこで多くの人は読むのを諦めてしまう。しかし作品の性質上必要であるからそのような構成になっているだけで、「読みにくさ」も込でこの作品だということを予め解っていればおそらくさして苦にはならない。というか、きついと思ったところはかなり斜め読みをしても内容的には問題ない。作中で解説があることが多いから、同じ内容を繰り返している部分は楽な方を読めば多少の代用は効くだろう。
具体的には自分の名や置かれた状況を忘れた「主人公」が、治療や実験と称された環境で、自身が関わった空前絶後の大事件について、作中作や登場人物の話を聞いて理解していくという話である。そして事件の真相、犯人、真実、裏、そして自身の正体を解き明かしていく。それはある種の探偵小説のようであるし、性質としては京極夏彦百鬼夜行シリーズのような伝記的かつ精神科学的な内容も含む。作中作は論文として作中の新説を著したものであったり、事件の関係者へのインタビューであったり、新聞の切り抜きであったり、遺書であったりする。これらを通して、遺伝と夢中遊行病、唯物化学と精神科学の対峙、ライバル学者の闘争、千年前の伝承などがテーマとなり大事件の様相が見えてくる。
中には、脳髄は考える場所ではないといった説や、胎児の夢といった概念が登場する。突飛なようでいて筋が通っておりハッとさせられる。特に胎児の夢とはこの小説の根幹に関わる可能性も秘めている。
この小説は読み終えた後にも幾つかの謎が残る。それは判別不可能な真偽の枝の一本一本であって読者はより妥当な可能性が何かを考えることになる。たとえば作中に出てきた『ドグラ・マグラ』という作中作こそがこの小説自体なのではないか、だとすればそれは作中作と作品が相互に影響するメビウスの輪的なねじれを引き起こしているんじゃないかだとか、そのあたりは他の考察サイト等にもおそらく述べられているところと思う。
また登場人物が本当に存在していたのか主人公が最後に出した結論は正しいのか、あるいは不毛な繰り返しの世界なのか……あるいは、胎児の夢なのか。
考えれば考えるほど、可能性は分岐して収集がつかなくなっていく、それでいてひとつ高い完成度を以って完結しているのが、さすが何年もかけて創りだされた名作、三大奇書*1とも言われるだけのことはある。

Wikipediaによると

1935年(昭和10年)1月、松柏館書店より書下し作品として刊行され、「幻魔怪奇探偵小説」という惹句が付されていた。
夢野久作は作家デビューした年(1926年)に、精神病者に関する小説『狂人の解放治療』を書き始めた。後に『ドグラ・マグラ』と改題し、10年近くの間、徹底的に推敲を行った。夢野は1935年にこの作品を発表し、翌年に死去している。
その常軌を逸した作風から一代の奇書と評価されており、「本書を読破した者は、必ず一度は精神に異常を来たす」とも評される。

 



とのことであるが、これが当時いかに新しく大規模で計算され尽くした精緻な作品であったかは疑うべくもない。逆に現代人ならすんなりと読めるのではないかという気もする。時代が追いついたという感もある。
「本書を読破した者は、必ず一度は精神に異常を来たす」この文句があまりにも有名であり、なかには本当に狂うのではないかと恐れてこの作品を読まない者もいるらしいが勿体無い。本作を読めばこの文句の意味はわかる。「本書を読破した者は、必ず一度は精神に異常を来たす」のではなく「この世に精神に異常のないものなどない」というだけである。これは皮肉的な文言であり同時に作品の性質を表している。
ともかく、一度最後まで読んで、その二転三転する展開、そしてその後に待ち受ける新たな謎や、可能性の分岐を楽しんでみても損はしないだろうと思う
ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)

ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)

 
ドグラ・マグラ (下) (角川文庫)

ドグラ・マグラ (下) (角川文庫)

 

 

新装版 虚無への供物(上) (講談社文庫)

新装版 虚無への供物(上) (講談社文庫)

 
新装版 虚無への供物(下) (講談社文庫)

新装版 虚無への供物(下) (講談社文庫)

 
黒死館殺人事件 (河出文庫)

黒死館殺人事件 (河出文庫)

 
匣の中の失楽 (講談社ノベルス)

匣の中の失楽 (講談社ノベルス)

 

 



*1:夢野久作ドグラ・マグラ』、小栗虫太郎黒死館殺人事件』、中井英夫『虚無への供物』を三大奇書と言い、これに竹本健治匣の中の失楽』を加え四大奇書ともされる

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